|
||||
|
このフォーク・ロックはフォークブームの延長で、ボブ・ディラン等(エレキギターを導入したバンド形式でロック指向に傾いた)によって齎されたもので、日本では多くのディランフォロワーを生み出しました。すなわち岡林信康、吉田拓郎、小室等、泉谷しげる等々。彼らはディランの演奏スタイルもさることながら、そのスピリットに共鳴したのでしょうか? 歌詞は社会批判や生き方といったシリアスなものが多かったように思います(アメリカの例に倣って、日本でも“フォーク・ゲリラ”と称する反戦フォーク集会が当時の学生たちによって新宿などで行われていた)。このフォーク・ロックは日本人の持つ歌の感性に合っていたのか、一般リスナーに受け入れられ(ギター1本で気軽に出来ることもあった)続々と次の時代のスター達を輩出していきます。井上揚水、南こうせつとかぐや姫、アリス、ガロ(「学生街の喫茶店」のヒットがある)、さだまさしのグレープ、五輪まゆみ、ユーミンこと荒井由美(現:松任谷由美)等々・・・・。数え上げればきりが無いほどです。
これらの人達はディランからの影響を脱して、よりソフィスティケートされた新しい音楽を模索しはじめます。それはニューヨークが地盤のサイモン&ガーファンクルのような都会的センスに溢れた音楽だったように思われるのですが(尤もかぐや姫のヒット「神田川」に代表されような、日本的とも言える“四畳半フォーク”のようなモノも結構流行った)、後にこのスタイルが前回でも触れました「ニュー・ミュージック」と呼ばれるようになるジャンルを確立するのです。この連中に共通するのは、“私小説的自己完結性の歌詞”が多いということでしょうか。それは押し付けがましいものではなく、自然に当時のリスナー(若者)達の共感を呼ぶものだったのでしょう。このようなタイプの歌詞は、この「ニュー・ミュージック」の特徴で、それまでに無いまさに新しい音楽形態だったのです。それにしても今日、当時の「ニュー・ミュージック」系の人達の音楽を聴いてみると“何かやるせないような小恥ずかしいような”独特の感覚に落とし込まれます。これも時代感覚の違いなのでしょう。 何にしても、日本語の歌詞が乗せやすいリズムを得たこの新しい「Jポップ」は、その後の日本の歌謡界に大きな影響力を持つようになるのですが、その辺りはまた次回ということで。では、また・・・・・・・。 |
| Back Number ⇒|08.1.16|07.12.16|07.11.16|07.10.16|05.4.16|05.3.16|05.2.16|05.1.16|04.12.16|04.11.16|04.10.16|04.9.16|04.8.16 |04.7.16 |04.6.16|04.5.16| |