Music Characters

 


「(欧米)ポップスファンから見た和製ポップスの流れ」其の5の巻

考えて見ますとこれまで書いてきたことは、1950〜60年代後半に架けての話で、今年は2008年。ということは既に約半世紀が経っていることになります。いやはや、こうして日本のポップミュージックの変遷を私なりに追ってきましたが、何かこの時間経過を想うといろいろと感慨深いものがあります。“歌は世につれ、世は歌につれ”などと俗に言われていますが、私なども自分自身の出来事とその時の歌の懐かしい思い出がシンクロして(月並みですが)、フラッシュバックでゴチャ混ぜに襲ってきました・・・・。これも歳を取った証拠ですかネ、何はともあれ今回からは‘70年代に入ります。

‘60年代の後半から英・米では、より高度なロックがポップミュージックシーンで活躍しはじめます。ビートルズのサイケデリック指向やザ・フー、ジミ・ヘンドリックスやクラプトンのいたクリーム等のより過激なサウンドが持て囃されるようになります。70年代に入るとこの傾向は更にエスカレートし、レッド・ツェッペリンやディープ・パープル、アメリカではステッペン・ウルフやらグランド・ファンク等のハード・ロック勢が、驚いたことにポップチャートの上位にランクインするようになるのですが(この辺りはバックナンバーのブリティッシュ・ロック系がチョット参考になりますかナ)、この反面フォーク・ロックというジャンルも人気を集め、ボブ・ディラン、ドノバン、サイモン&ガーファンクルやザ・バーズといったシンガーやグループ等が脚光を浴びるようになります。これは当時、アメリカのベトナム戦争に対する民衆の反対運動の先方として、先のミュージシャン達がこぞってピースメッセージを発信してアピールしていたのが影響しているのですが(所謂、フラワームーブメントで“サマー オブ ラブ”などとも呼ばれていた。‘69年の「ウッド・ストック」等の大規模野外コンサートに代表されるミュージシャン達による平和運動で、日本でも案の定これに影響され69年〜71年まで開催された“中津川フォーク・ジャンボリー”等の大規模野外コンサートがある)、では、日本の状況はどうだったかというとグループ・サウンズの生き残り連中が僅かにハード・ロックの影響を受けグループを結成して(沢田研二、萩原健一らが‘71年にスーパーグループ「PYG」を結成したり、モップス等もハード・ロックバンドに変身)この分野に挑んでいました。しかし、一般の人気を得るまでには行かなかったようです。むしろ日本ではフォーク・ロックが市民権を得るようになります。



terada-saurus
<生態>
●俗名:テラダザウルス(爬虫類ではありません。いちおう霊長類の仲間です。)
●別名:ミスター パラドックス
●生息地:夜の盛り場、主に歌舞伎町あたり。
●習性:もちろん夜行性。チェック柄の擬態で人の目を惑わす。
●性格:良く言えば凝り性、実態はかなりの粘着質。パラノイア()とも・・・・・。
●血液型:・・・謎。
●年齢:不明、気は若い。
●特技:毒舌(始まったら止らない独断場)。
●苦手なもの:ゴマすり、お世辞。(するのも、されるのも)
●飼育上の注意:できるなら近寄らない方が無難。ハマる覚悟が必要。

 
このフォーク・ロックはフォークブームの延長で、ボブ・ディラン等(エレキギターを導入したバンド形式でロック指向に傾いた)によって齎されたもので、日本では多くのディランフォロワーを生み出しました。すなわち岡林信康、吉田拓郎、小室等、泉谷しげる等々。彼らはディランの演奏スタイルもさることながら、そのスピリットに共鳴したのでしょうか 歌詞は社会批判や生き方といったシリアスなものが多かったように思います(アメリカの例に倣って、日本でも“フォーク・ゲリラ”と称する反戦フォーク集会が当時の学生たちによって新宿などで行われていた)。このフォーク・ロックは日本人の持つ歌の感性に合っていたのか、一般リスナーに受け入れられ(ギター1本で気軽に出来ることもあった)続々と次の時代のスター達を輩出していきます。井上揚水、南こうせつとかぐや姫、アリス、ガロ(「学生街の喫茶店」のヒットがある)、さだまさしのグレープ、五輪まゆみ、ユーミンこと荒井由美(現:松任谷由美)等々・・・・。数え上げればきりが無いほどです。

これらの人達はディランからの影響を脱して、よりソフィスティケートされた新しい音楽を模索しはじめます。それはニューヨークが地盤のサイモン&ガーファンクルのような都会的センスに溢れた音楽だったように思われるのですが(尤もかぐや姫のヒット「神田川」に代表されような、日本的とも言える“四畳半フォーク”のようなモノも結構流行った)、後にこのスタイルが前回でも触れました「ニュー・ミュージック」と呼ばれるようになるジャンルを確立するのです。この連中に共通するのは、“私小説的自己完結性の歌詞”が多いということでしょうか。それは押し付けがましいものではなく、自然に当時のリスナー(若者)達の共感を呼ぶものだったのでしょう。このようなタイプの歌詞は、この「ニュー・ミュージック」の特徴で、それまでに無いまさに新しい音楽形態だったのです。それにしても今日、当時の「ニュー・ミュージック」系の人達の音楽を聴いてみると“何かやるせないような小恥ずかしいような”独特の感覚に落とし込まれます。これも時代感覚の違いなのでしょう。

何にしても、日本語の歌詞が乗せやすいリズムを得たこの新しい「Jポップ」は、その後の日本の歌謡界に大きな影響力を持つようになるのですが、その辺りはまた次回ということで。では、また・・・・・・・。
 
Back Number ⇒|08.1.1607.12.1607.11.1607.10.1605.4.1605.3.1605.2.1605.1.1604.12.1604.11.1604.10.1604.9.1604.8.1604.7.1604.6.1604.5.16