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「(欧米)ポップスファンから見た和製ポップスの流れ」其の4の巻

2008年がはじまりましたナ。明けましておめで・・・・ というには少し時間が経ってますのでこれは省きますか。何にしても今年はネズミ年だそうです。ネズミの年は干支で云うところの“何か新しい事が萌し(きざし)始める”とかいう年らしいのですが、(日本)のポップ・ミュージック界にも何か“新しい事が萌し(きざし)始めて欲しい”と思いますネ。

さて、前回は「加山雄三とランチャーズ」あたりで終わっていましたので、今回は当然この続きからまいります。
実は、この「加山雄三とランチャーズ」こそがいわゆる「グループ・サウンズブーム」のある意味萌しであったのです。というのもこのバンドは、「ベンチャーズ」と「ビートルズを始めとするリバプールサウンド」を“掛けて2で割った” (古い言い方)ようなサウンドに日本的な味付けをした巧妙な音創りをして、当時のリスナーのハートを掴んでしまったのですが、この加山の一連のヒットによりそれまで悶々としていた他のバンドに勢いがつき、続々とメジャーデビューをすることになるのです。すなわち「田辺昭二とスパイダース」を始めとし「ザ・タイガース」、「ブルーコメッツ」、「ザ・テンプターズ」、「ザ・カーナビーツ」、「ザ・ジャガーズ」等々、それこそ雨後の竹の子のように出現。今思うとよくもまあ〜いるな〜、と思うくらいの数でした。

この「グループサウンズ」と平行してもう一つのブームを引き起こす要因であるフォーク・ソングが当時の若者の間で流行っていました。1961年の「キングストン・トリオ」、‘62年の「ブラザース・フォー」の来日を経てこの年(‘62年)日本初のフォーク・フェスティバルが開催されます。しかしこの日本のフォークにしてもポップスにしても当時は極めて歴史が浅いものです。若い世代が自らの歌を探し求めたこの時期も今では過去の思い出となるほど、時間はめまぐるしく過ぎて行きます。



terada-saurus
<生態>
●俗名:テラダザウルス(爬虫類ではありません。いちおう霊長類の仲間です。)
●別名:ミスター パラドックス
●生息地:夜の盛り場、主に歌舞伎町あたり。
●習性:もちろん夜行性。チェック柄の擬態で人の目を惑わす。
●性格:良く言えば凝り性、実態はかなりの粘着質。パラノイア()とも・・・・・。
●血液型:・・・謎。
●年齢:不明、気は若い。
●特技:毒舌(始まったら止らない独断場)。
●苦手なもの:ゴマすり、お世辞。(するのも、されるのも)
●飼育上の注意:できるなら近寄らない方が無難。ハマる覚悟が必要。

 
当時アメリカのフォーク・ソング復興に多分に触発されながら、初期にはコピーにすぎなかったフォーク・ソングもやがて独自のオリジナリティーを持つようになるのですが、おもしろいことに最近では“フォーク”と呼ばれても“フォーク・ソング”と呼ばれることが少ないのは何故でしょう
‘63年11月、アメリカの「ピート・シーガー」の来日を契機に日本に本格的なフォーク・ブームが訪れます。「ボブ・ディラン」が日本にはじめて紹介されたのも、この「ピート・シーガー」によるものです。

‘64年、「ベンチャーズ」や「ビートルズ」等の日本登場を背景にエレキ・ブームが興りそしてその年、原宿や銀座で行われた※フーテナニーには都内の学生バンドが結集し、カレッジ・フォーク全盛のきっかけになります。また、「ブラザース・フォー」の再来日や「ピーター・ポール&マリー(PPM)」の来日で「花はどこへ行った」や「風に吹かれて」の一連のヒットが生まれます。

フーテナニー:コンサートの形式のひとつで、色々なグループが参加して最後に全員で合唱して終わるというもの。この形式で有名なのが「紅白歌合戦」

‘65年8月、軽井沢の「ジュニア・ジャンボリー」やその後都内で行われた複数の「フォーク・コンサート」に出演していたのが「若者たち」のヒットを持つ「ブロード・サイド・フォー」、森山良子、「フォー・ダイムズ」、“小室等”の参加していた「PPMフォロワーズ」、「バラが咲いた」のヒットでフォーク・ブームを呼び込む“マイク真木”の参加していた「MFQ(モダン・フォーク・カルテット)」そして関西から「フォーク・クルセイダーズ」等々。ここに‘66年以降に活躍するフォーク・シンガー、グループが顔を揃えることになります。

また、関西では同年、「高石友也」が「受験生ブルース」でデビュー。翌‘67年には京都で「第1回フォーク・キャンプ」が開催され東京とのジョイントが始まります。「岡林信康」、「五つの赤い風船」の活躍。そして「フォーク・クルセイダーズ」の「帰ってきたヨッパライ」の大ヒットが‘68年に生まれます。ここに同世代が歌うだけでなく、同世代による歌づくりが本格的に出発し、日本独自のオリジナリティーを発揮したいわゆる“J・フォーク”と言ってもいいものが誕生するのです。このムーブメントは後の“四畳半フォーク”を経て最終的には「ニュー・ミュージック」というジャンルを確立することになるのでが、話がチト長くなるので今回はこの辺でおひらきです。この続きはまた次回ということで。
では、また・・・・・・・。

 
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