Music Characters

 


ローリング・ストーンズの巻

ロッド・スチュワートがリードヴォーカルを兼任していたバンド「フェイセズ」でギターを担当していたのは、現在「ローリング・ストーンズ」のギタリスト、ロン・ウッドで、彼は1976年にそれまでのリード・ギタリスト、ミック・テイラーに代わってストーンズに加入しました。
ロンはロッドと共に「ジェフ・ベック・グループ」〜「フェイセズ」と渡り歩き、「ローリング・ストーンズ」で安住の地を見つけた様です。彼は「ジェフ・ベック・グループ」に在籍していた時にはベースを担当していたので、てっきりべーシストだと思っていたのですが、「フェイセズ」と「ストーンズ」では派手さはないが何やら味のあるギタープレイを聴かせてくれるバイプレイヤーとなっていました。

さて、「ビートルズ」と双璧を成すこのイギリスを代表するスーパー・バンドも今年で結成43年目という、超ロングランのロック・バンドとなってしまいました。何ともアメリカの「ヴェンチャーズ」と共にギネスブックものですな〜。そういえば、彼らももう60歳代ですがバリバリの現役ロッカー、このエネルギーはいったい何処から来るのでしょうか(苦笑)
ストーンズは「ビートルズ」がロックンロールをベースに独自の音楽を創造したのに対し、更に根源的なブルースやR&Bをベースに自らの音を求めていったバンドです。そんな訳で「ビートルズ」のレノン&マッカートニーが作る楽曲の大体が“LOVE”をテーマにしているのに対し(後期は違っていたが)、ジャガー&リチャーズの楽曲は何やら反逆的で社会的な事をテーマにしたナンバーが多かったように思えます。また、スタイルも「ビートルズ」は揃いのスーツ姿でどちらかというと品行方正、ストーンズは服装もバラバラで悪ガキのイメージでした。もっともこの2バンドの60年代全盛期の頃は互いにライバル関係にあり、各々違った特徴を誇示する必要があったのかも知れません。良い意味でこれらの反作用が影響し合い、双方共に世界のポップ(ロック)ミュージック界を牽引することになったと思うのです。

ストーンズはミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ブライアン・ジョーンズ、デレク・テイラーの4人で1962年の7月にロンドンのマーキー・クラブに初登場しました。当初はアメリカのブルースミュージャン「マディー・ウォーターズ」の曲からとった「ローリン・ストーンズ(THE ROLLIN' STONES)」というバンド名でした。
その後、デレクに代わってビル・ワイマンがベースを弾き、1963年にはチャーリー・ワッツがドラムスとして加入します(一般にはこの布陣がストーンズのオリジナル・メンバーとされている)。
最初の頃、彼らのレコード会社への売り込みはかなり難攻したようです。しかし、毎週日曜、彼らはリッチモンドにある「クロウダディ・クラブ」に出演しつづけ、ビートルズの元広報係だったアンドリュー・ルーグ・オールダムの目に留まり、ストーンズのマネジャーとなります。オールダムは彼らのグループ名に“G”を加えて「ローリング・ストーンズ(THE ROLLING STONES)」とし、1963年にロンドンの名門デッカ・レコードと契約を結びます。

ストーンズのイギリスでの初シングルは、チャック・ベリーのカバー曲「カム・オン(COME ON)、63」で、イギリスでの最高位は21位でした。オールダムは以前の仕事仲間に連絡をとり、レノン&マッカートニーからのプレゼント曲「彼氏になりたい(I WANNA BE YOUR MAN)、63」を録音、この曲は全英12位を記録します。
1964年、ストーンズは「ビートルズ」が先鞭をつけたアメリカのマーケットへの進出を図ります(いわゆる“ブリテイッシュ・インべージョン=イギリスの侵略”の始まりで、ここからイギリスのポップス・ロック・ミュージックがアメリカをはじめ世界のポップ・ミュージックを牽引していく事になる)。


terada-saurus
<生態>
●俗名:テラダザウルス(爬虫類ではありません。いちおう霊長類の仲間です。)
●別名:ミスター パラドックス
●生息地:夜の盛り場、主に歌舞伎町あたり。
●習性:もちろん夜行性。チェック柄の擬態で人の目を惑わす。
●性格:良く言えば凝り性、実態はかなりの粘着質。パラノイア()とも・・・・・。
●血液型:・・・謎。
●年齢:不明、気は若い。
●特技:毒舌(始まったら止らない独断場)。
●苦手なもの:ゴマすり、お世辞。(するのも、されるのも)
●飼育上の注意:できるなら近寄らない方が無難。ハマる覚悟が必要。

 

彼らはまず、バディー・ホリーのカバー曲「ノット・フェード・アウェイ(NOT FADE AWAY)、64」で全米チャートに初登場し、「タイム・イズ・オン・マイ・サイド(TIME IS ON MY SIDE)、64」で全米初トップ10入りを果たします。しかし、ストーンズの人気を確立し、イギリスから来た“ロックの悪ガキ”のイメージを強く印象づけたのは「サティスファクション(I CAN‘T GET NO SATISFACTION)、65」で、この曲は1965年に全米で4週NO.1を記録しています。が、彼らの最大のヒットナンバーはやはり「ホンキー・トンク・ウィメン(HONKY TONK WOMEN)、69」でしょう。そういえば、皆さんにはこの「ホンキー・トンク・ウィメン」が我が「ホンキー・トンク・レディーズ」の店名のベースになっている事はもうおわかりでよね{実際にはホンキー・トンク(安酒場)にレディー(淑女)達がいる事は不自然、これは私なりの英国的洒脱ということなのです(微笑)}。

ホンキー・トンク(安酒場)にたむろする、いささかお行儀のよろしくない女性達の悲哀を歌ったこの曲は、正にストーンズの真骨頂とも言うべきブルージーな内容のR&Rで、そのキャッチャーなイントロ、ギターのインタープレイ、ミックのダルなヴォーカルと終盤のコーラスの盛り上がり等々どれをとっても素晴らしいロックの名曲だと思います。
この曲の発表直前にストーンズのオリジナル・メンバーで、オピニオン・リーダー的存在であったブライアン・ジョーンズが変死をとげていて、以後ストーンズはミック・ジャガーがリーダーシップを取り現在まで(色々な意味で)世界最高のライブ・バンドとして突っ走っています。
恐らく、彼らは70・80歳(これは無理か)になってもロックの悪ガキで、我々中年ロックファンの希望の星であり続けるのでしょう。また、そうあって欲しいものです・・・・・・・・・・。       では、この辺で失礼。



 
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