ロッド・スチュワートの巻

前回ミュージックコラムの主人公マイケル・ジャクソンのソロとして2度目の全米NO.1ヒット(大人になって整形後初NO.1ヒット)を記録した「今夜はドント・ストップ(Don't stop 'til you get enough)79」{ちなみに最初は「ベンのテーマ(Ben)72」}と同じ年(1979年)にアメリカのヒットチャートを賑わせていて、NO.1を記録した曲がありました。その曲は「アイム・セクシー(Da ya think i'm sexy)79」という曲で、歌っていたのはイギリスのシンガーロッド・スチュワートでした(英発音ではロド・スティワート)。

この「アイム・セクシー」という曲は、それまでのロッドの路線と一線を画するもので、当時の批評家からは酷評されたといいます。元々ロッドの魅力は、その独特のしゃがれ声(ハスキー・ヴォイス)と共にブルース、ソウル、R&R、ブリティッシュ・トラッド、フォーク等々の要素が絶妙のバランスで消化され、ある意味憂いをおびた独特の世界を築いていたのですが、「アイム・セクシー」はこの当時流行っていた(1980年前後)ディスコ・サウンドに迎合し、彼の持ち味が損なわれたということらしいのです。何とも当時の音楽評論家諸氏の考え方が垣間見えるエピソードではあります(微笑)。

(余談ですが、日本のディスコでもこの時期(80年前後)、マイケルの「今夜はドント・ストップ」とロッドの「アイム・セクシー」は定番ナンバーで、場が盛り上がってくると必ずといっていいほどONされていたのを懐かしく思い出します。)

さて、ロッドですが、彼は10代の頃、ボブ・ディランの成功に刺激され、学校を卒業後(この頃、一時プロのサッカーチームに在籍していたこともあり、そう言えばステージでよくサッカー・ボールでのパフォーマンスをしていた)、ヨーロッパ中をストリート・ライブをしながらヒッチハイクで放浪していました。


terada-saurus
<生態>
●俗名:テラダザウルス(爬虫類ではありません。いちおう霊長類の仲間です。)
●別名:ミスター パラドックス
●生息地:夜の盛り場、主に歌舞伎町あたり。
●習性:もちろん夜行性。チェック柄の擬態で人の目を惑わす。
●性格:良く言えば凝り性、実態はかなりの粘着質。パラノイア()とも・・・・・。
●血液型:・・・謎。
●年齢:不明、気は若い。
●特技:毒舌(始まったら止らない独断場)。
●苦手なもの:ゴマすり、お世辞。(するのも、されるのも)
●飼育上の注意:できるなら近寄らない方が無難。ハマる覚悟が必要。

 

この放浪生活のせいでスペインを追い出されるまでそれは続くのですが、イギリスに戻ると墓堀り等のバイトをしながら(苦労人ですな〜)、「ファイブ・ディメンションズ」というバンドに加わります。その後、ロッドはブルース・シンガーのロング・ジョン・ボールドリーと共に「フーチー・クーチー・メン」や「スティーム・パケット」というグループで活動した後、あの「フリートウッド・マック」を結成するピーター・グリーンやミック・フリートウッド等と「ショットガン・エキスプレス」を結成しますが、しばらくして解散、1966年に元「ヤードバーズ」のジェフ・ベックのグループでリードボーカリストになります(この辺りはジミー・ペイジの巻でも少し触れているので参照してください)。ここからロッドのボーカリストとしての評判が世界的なものになり、1968年にロッドは「ジェフ・ベック・グループ」に在籍したまま、他のレコード会社とソロ契約を交わします。しかし、バンドが解散するとこの時のメンバー、ロン・ウッド(現ストーンズ)と「スモール・フェイセズ」に加入。その後、グループは形容詞をはずして「フェイセズ」に改名しています。ロッドはこのバンドとソロ活動を両立していて、各々ニュアンスの違ったサウンド・アプローチを展開していました。
この「フェイセズ」のサウンドは、当時ロッドの志向する様々な音楽要素を取り込んだ深みと憂いのあるそれとは違い、ストレートでルーズなアメリカンR&Rで、ロッドも結構楽しくプレイしていたようです。彼にとっては良い意味での息抜きだったのかも知れません。
ロッドのソロ・アルバム初期2作は、その音楽性で評価は高かったのですが、ヒット・シングルには恵まれなかったようです。初のヒットはアルバム「エブリー・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー、71」からの「マギー・メイ(Maggie May)71」でチャート入り6週で全米1位となり、アメリカでの人気を定着させました。

この曲は元々シングルのB面だったのですが、DJ達がこの曲を気に入り、広めてくれたおかげでヒットに結びついたようです。後にロッドは「この曲がヒットしていなければ、俺は今でも墓掘りをしていただろう」とまで言っています。DJに感謝感謝(苦笑)。
この「マギー・メイ」がロッドのキャリアの転換点となり、彼は本格的にアメリカ進出を考えます。1975年にレコード会社を変え、アルバム「アトランティック・クロッシング」を発表、全米アルバム・チャートではトップ10入りを果たしますが、シングルでは「セイリング(Sailing)75」の58位が最高でした。それでもイギリスでは「セイリング」がNO.1になり、ロッドにとっては全英最大のヒットとなりました(この曲は日本でもヒットしていて、ロッドのヒット曲では最もポピュラーなナンバー、私的にはディスコのチークタイムでおなじみ)。

1975年末には、「フェイセズ」が解散、それでもロッドはソロ活動を精力的に展開し、1976年に「今夜きめよう(Tonight‘s the night)」でアメリカでの2度目のNO.1ヒットを記録します。そして3度目のNO.1は先の「アイム・セクシー、79」で、結局ロッドのアメリカでのNO.1ヒットはこの3曲に終わっていますが、その後も積極的に音楽活動を続け、一時はラスベガスのショーに進出したり、数々の女性とのスキャンダルで話題をふりまき、プレイボーイとしても盛んだったようです(彼は金髪女性が好みで、“紳士は金髪がお好き”というタイトルのアルバムまで出している)。そんなロッドも最近は歳のせいか、アメリカン・スタンダード・ナンバーばかりを歌ったアルバムを2002年〜2004年に架けて立て続けに3枚発表するなど、円熟味を増した更なる展開とシンガーとしての力量を世にアピールしているようです(ロック・シンガーは、以外にもスタンダードがお気に入りの人が多く、他にもニルソン、ブライアン・フェリー、リンダ・ロンシュタッドそしてリンゴ・スター等もスタンダード・アルバムを制作している)。
しかし、ロッドは妙に落着かずに、歳はとっても男の色気を感じさせる、あのロッド節のROCKを続けて欲しかったと思います・・・・・・・・・・。                           では、また次回。



 
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