マイケル・ジャクソンの巻

JBやレイ・チャールズ、アレサ・フランクリン等のアメリカのメジャー級ミュージシャン達が出演していた映画、「THE BLUES BROTHERS」。この映画の監督はジョン・ランディス(JOHN LANDIS)という人で、他にも「狼男アメリカン」、「ビバリーヒルズ・コップ」、オムニバス映画「トワイライト・ゾーン」のワンエピソード等々、結構おもしろい映画を撮っている監督なのですが、何といっても彼を有名にした作品はマイケル・ジャクソンのシングル「スリラー(83年)」のビデオ・クリップ(以下、VC)でしょう。VCとしては異例の長尺で、ホラー・ミュージカル映画の様なこの作品はそれまでのVCの在り方自体を変えてしまった記念すべきもので、何と制作費に80万ドルという巨費を投じて創られたといいます(また、いろんな意味でマイケルの異常な嗜好性が垣間見えた)。いわば、この作品からプローモーション・ビデオ(VC)が流行し、MTV主導の80年代型音楽シーンにおけるヒットの方法論が生まれたのだと思います。それはヴィジュアルとサウンドを一体化して商品化する(今ではあたりまえのマーケティング戦略ですが)、何ともアメリカらしいショーマン・シップの未来形を提示していたのだと思います。
さて、※マイケル・ジャクソンですが「キング・オブ・ポップ」と呼ばれたり、「ミスター・スキャンダル?」等という、ありがたくないあだ名まで頂戴していて、最近ではミュージシャンよりゴシップ・メーカーとして有名になっているようです。
少年に対しての猥褻行為で裁判沙汰になっているのは、各メディアで取り上げているので皆さんも良く知っていることでしょう。これらの事件でマイケルの異常な生活があからさまになり、彼のドリームプレースである“NEVER LAND”にも暗雲が垂れ込めている今日この頃ではあります。



terada-saurus
<生態>
●俗名:テラダザウルス(爬虫類ではありません。いちおう霊長類の仲間です。)
●別名:ミスター パラドックス
●生息地:夜の盛り場、主に歌舞伎町あたり。
●習性:もちろん夜行性。チェック柄の擬態で人の目を惑わす。
●性格:良く言えば凝り性、実態はかなりの粘着質。パラノイア()とも・・・・・。
●血液型:・・・謎。
●年齢:不明、気は若い。
●特技:毒舌(始まったら止らない独断場)。
●苦手なもの:ゴマすり、お世辞。(するのも、されるのも)
●飼育上の注意:できるなら近寄らない方が無難。ハマる覚悟が必要。

 
マイケル・ジャクソンがデビューしたのは1963年。ジョセフ・W・ジャクソン、キャサリン・ジャクソン夫妻の5人の兄弟達によって結成されたグループ「ジャクソン・5(JACKSON 5)」の一員からで、この時マイケルは若干5才でした。そんな訳で、マイケルはまさにステージで育てられた“ステージ・チャイルド”といっていいでしょう。小さい頃からショービズ界にドップリ浸かっていて、ショーマン・シップの面では卓越した能力を発揮しているマイケルですが、こと一般社会に対しては接触をあまり持たずに閉鎖された狭い社会で成長した、ある意味“純粋培養生物”(失礼、苦笑)といえます。このような生活から彼には兄弟以外には親しく接する友の存在もなかったようで、孤独な思春期を過ごしていたようです(かなり偏った人生ですな〜)。また、彼の父親はキリスト教プロテスタントのルター派で、厳格な教育をマイケルとその兄弟達にしていたといいます(この辺りはマーヴィン・ゲイの環境にも似ている)。このように見ると、一概には言えないのですが、何やら彼の人格形成に歪みが生じても不思議ではないような気がします。

その後「ジャクソン・5」はそれまでのマイナーレコード会社から、1968年にモータウンレコードと契約し、69年にシングル「帰ってほしいの(I WANT YOU BACK)」で全米デビューします。「ジャクソン・5」はこの曲も含めて、立て続けに4曲の連続No1ヒットを放っています(ちなみに他の3曲はABC、小さな経験、アイル・ビー・ゼア)。
マイケルはモータウン在籍中からソロ活動を行い、映画「ベン」の主題曲でNo1を記録していますが、この時の創作は全てフィラデルフィア・ソウルの大物コンビ、「ケニー・ギャンブル&レオン・ハフ」の外部プロデュースチームで創られ、マイケルの才能は生かされていなかったようです。しかしエピック・レーベルへ移籍後のアルバム「オフ・ザ・ウォール(OFF THE WALL)1979」ではクインシー・ジョーンズのプロデュースも素晴しいのですが、マイケルのオリジナル楽曲も冴え渡り、イッキに才能を開花させました(このアルバムからはロック・ウィズ・ユー、今夜はドント・ストップ、オフ・ザ・ウォールが大ヒットしている)。そして、1983年にはアルバム「スリラー(THRILLER)」を発表、このアルバムは全世界で5000万枚以上のセールスを記録し、7曲のトップ10シングルを生み、グラミー賞では史上最高の8部門の受賞を成し遂げています(ビリー・ジーン、今夜はビート・イット、ガール・イズ・マイン、スリラー等々)。続く「バッド(BAD)87年」からも5曲のNo1が生まれています(バッド、マン・イン・ザ・ミラー、ダーティー・ダイアナ等々)。正に“モンスターアーティスト”というべきマイケル・ジャクソンが誕生したのです。
{マイケルはこの「バッド」のアルバム以後、90年代に「デンジャラス(DANGEROUS)」、「ヒストリー(HISTORY)」等のアルバムを発表、2000年代に入り「インビンシブル(INVINCIBLE)」を出します。こう見てくると、マイケルの作品制作期間は結構空いていて、売れっ子にしては少ないのですが、これはたぶん、同時に「ジャクソンズ(JACKSONS)」のグループ活動もしていた事と、1つのアルバムを仕上げるのにかなりの時間を費やす事が理由だと思われます。まあ〜それだけ仕事に熱心というか、完璧主義というか、凝り性なのでしょう。また、ここ数年彼は新作を出していません、去年末に旧作を集めた作品集をリリースしている程度。}

マイケルとプロデューサーのクインシー・ジョーンズはそれまでの音楽単体でのセールスという方法論を取らず、VCやマイケルの独特のファッション、ステージ、様々なゴシップ、そして例の“整形によって創られた顔”等の複数のネタをセールスポイントに市場に討って出て、見事に成功したといえます。
この戦略は、その後のアメリカ音楽業界に影響を与え、マイケルと同い年の“マドンナ”や“プリンス”といったアーティストもスタイルは少し違うものの、同じような戦略でスターの座を勝ち取り、アメリカ・ショー・ビズ界に君臨しています。

このようにマイケルは“ミュージック・ビジネスの戦略を変え、そのうえあらゆるメディアを引き込んだ巨大産業に発展させる道筋を創った”と言えると思います。
最近、色々と巷を騒がしているマイケル・ジャクソンですが、こう見てくるとこの騒ぎ自体も何やらマイケル一派の壮大なセールス・プロモーションに見えてくるのは私の穿った考えでしょうか・・・・・・  


では、また次回をお楽しみに

マイケルの曲はホンキーのステージではJBに次いで良く行います。ステージ衣装もバッチリ決まっていて、特に「BAD」や「THRILLER」は観ないと損! 機会があったら是非どうぞ。

 
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