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さて、ツェッペリンですが、当時、新人バンドとしては異例の契約金で英・アトランティックレーベルとディールを結び、69年にファーストアルバム(LED ZEPPELIN)を発表します。このアルバムはそれまでのロックの在り方を覆す、当時としては衝撃的な内容のもので、デビュー当時から既に世界を股にかける活動をするであろう風格を備えていました。この後、彼らはブリティッシュハードロックの黄金時代の先頭に立つのですが、では、何故ハードロックは70年代をさかいに流行ったのか、これには、時代的背景が大きく関与してくるのです。
まず、イギリスが建国以来、伝統として引き継いでいる階級制度があります。貴族、上流、中流、労働者、簡単に言うとこの4階級ですが、ロックミュージックと関りがあったのは最下級にあたる労働者階級です。“労働者の息子はいくらがんばっても、所詮は労働者”・・・・・つまり、いくら勉強の成績が良くても、義務教育を終了すると自動的に労働者、いわゆるブルーカラーになるのです。これは、他の階級も同じで、いくらがんばっても、自分の生まれた階級よりも上に行くことは出来ないのです。イギリス人にとってこの階級制度は、どうにもならない差別制度だったのです。 それに加えて、当時のイギリス(60〜70年代)は景気が悪く、日増しに上がる失業率もありました。この2つの社会問題に対する不満や怒りが、当時の若者の矛先をより過激で刺激のあるものへと向けさせ、その結果、ハードロックへと到達したのではないかと思うのです。 過激で刺激のあるものへの傾倒、この部分ではアメリカンハードロックシーン(70年代のアメリカンハードロックの代表選手はステッペン・ウルフ、グランド・ファンク、今でも現役キッスやエアロスミス等々)と同じなのですが、ブリティッシュハードロックは、その中にヨーロッパ的な華麗さと美しさという美的探求を配したのですが、これが何やら無骨な感じのするアメリカンハードロックとの大きな相違点でしょう。 ブリティッシュハードロックシーンは70年代にツェッペリン、ディープパープルの連立政権を打ちたて、栄耀栄華を築くことになります。その後、更にブラック・サバス、ユーライア・ヒープ、クイーンといったバンドが成長し、“ジミーのツェッペリン号”が構築し、先導したハードロックの伝統と誇りは少なくとも80年代までは頑なに守られて行くのでした。 現在では、文頭でも述べましたが、ハードロックはヘビーメタルロックという形に変化しました。このいわゆるヘビメタは、残念ながら往時のブリティッシュハードロックの華麗さと美しさは持ち合わせていません。過激な部分がより強調され、増幅されています。これもまた、現代社会に対しての若者のフラストレーションの発散の表れなのでしょうか? いや〜 今回は短くまとめられて良かった。クラプトンやジミー・ペイジはちょっと力が入ってしまったので今回は読まれる方のことを思って少しショートカットで書きました。これでも、色々気を使っているんです(苦笑)。では、また次回。 |
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