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さて、エリック・クラプトンがイギリスのポップミュージックシーンに登場してくるのは、当時ストーンズと並んでブリティッシュR&Bバンドの雄と云われた「ヤードバーズ」への参加からです。1963年のことで、エリックは若干18才でした(恐るべし)。この頃のエリックはすでに知る人ぞ知る的存在で、英国の若手ブルースギタリストの中ではピカイチだったようです。その証拠に同じブリティッシュ・ブルース・ソサエティー(以下BBS)の仲間であり、後にヤードバーズ〜レッドツェッペリンを結成するギタリスト「ジミー・ペイジ」と幾度となくセッションをしており、評判を取っていたといいます。(このセッションの模様は70年代に出たブリティッシュブルースアンソロジーというLPに7曲収められていて、恐らくエリックとジミーが共演した最初で最後のものでしょう。)エリックがこの「ヤードバーズ」に在籍していたのは1年にも満たなかった様で(この時のプレイは“Five
live Yard Birds”のLPで聞ける)、ヤードバーズ脱退後、エリックはBBSの先輩であり、ブリティッシュブルース界の重鎮ジョン・メイオールの「ブルースブレーカーズ」へ参加(LP,“BLUES
BREAKERS John Mayall with Eric Clapton”)、そのアタックの強い圧倒的なギタープレイでイギリスでの人気を定着させた様です。
エリックはブルースブレーカーズ在籍中に知り合ったドラマー、ジンジャー・ベイカーから新グループの結成をもちかけられベースのジャック・ブルースと共にロック史に残る最強ロックトリオ 「クリーム(CREAM)」を結成します(1966年)。この「クリーム」というグループ、レコードとライブ演奏でのギャップが凄まじいグループで、同じグループとは思えない程。レコーディングでは当時のサイケデリックロックとブルースをうまく融合させた重厚なサウンドと多彩なアプローチによる高い音楽性を見せつけているのですが(その分、エリックのギタリストとしての存在感が薄い)、ライブになると一転、三人三様の長いインプロビゼーションを丁々発止と繰り広げる、まさに其々が操る楽器を媒介としたバトルの様相を呈していました。 私はライブレコードとビデオでしか体験していませんが、実際はその数十倍もの轟音と迫力だったのでしょう(エリックはライブの方が本来のギタリストとしての持ち味が出ていて、水を得た魚そのもの)。 これらライブにおけるクリームの演奏スタイルはジャックとジンジャーがアドリブが身の上のジャズ畑出身によるところが大なのだが、エリックも本来のブルースギタリストの面目躍如といった感があり、結果的に革命的なロックの演奏スタイルを生み出したといえるのではないでしようか。残念ながら「クリーム」は1968年に解散、その活動期間は3年と短かったが、ロック史に残した功績は大きいといえると思います。ホンキーでも「クリーム」の曲は演るので機会があれば見てください(但し、ライブ版ではありません)。その後、エリックは先のジンジャー・ベイカー、スティービー・ウィンウッド等と「ブラインド フェイス」を結成、解散、ファーストソロアルバム発表後、あの”レイラ”でおなじみ「デレク&ザ ドミノス」を結成するのですが、この続きは次回でまた詳しく、お楽しみに。 |
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