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| <放談7月>
大統領の陰謀 |
| 暑い日が続きます。日本の夏といえばキンチョー、花火にお盆、そして原爆および終戦記念日。日本から戦争という現実が遠のいて早63年。悲劇の記憶は歴史の中に埋もれつつあります。でもその“歴史”自体が操作された偽りの歴史だったとしたら? 今回はいよいよ大東亜戦争の真実を知る“真打”の登場です。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
(ポンッ!)ふ〜暑い暑い。日本の夏というのは、どうにも蒸し暑くてたまらんな。ナントカならんのか、テラダ某。それにしても日本人にとっては、暑い夏が訪れるたびに思い出される辛〜い記憶があるようじゃな。 |
| テラダ某: | 辛い記憶と申されますと……、いわゆる大東亜戦争のことでスか? 1945(昭和20)年8月6日に広島、続けて9日には長崎に原爆を落とされ、同15日に終戦を迎えたアノ戦争の。その後の東京裁判※1では大東亜戦争は日本による侵略戦争と断罪され、私たち日本人はアレだけの被害をこうむりながらもアジア諸国に対していまだに謝罪し続けなくてはならないという……。アッシたちはそんな自虐的アイデンティティを持ち続けながらいまも日々生きているんスよ。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
そこでじゃ、テラダ某よ。今回は現在の日本人に共通する戦後の誤った歴史認識と自虐的歴史観を植えつける原因になった張本人である元米国大統領、フランクリン・D・ルーズベルトを連れてまいった。何やら日本人諸君らにどうしても告白しておきたいことがあるそうじゃ。 |
| ルーズベルト: |
(スポンッ!)ウォッホン。ワタシがかのフランクリン・デラノ・ルーズベルトでア〜ル。テラダ某とはキミのことかね? 噂はうかがっておる。よろしくな。 |
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| テラダ某: | は、はじめましてデス! さすがルーズベルトさん。ユウレイになっても日本人に対する“上から目線”は変わらないんスね。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
あいかわらず歯に衣着せぬモノ言いじゃのう、テラダ某。確かに日本人を見下ろしがちじゃが、コチラの御仁、実はこう見えてエラいマザコンだったそうじゃ。母上は貴公をメチャ溺愛しておったらしいのぉ。何せウワサによると、大統領就任後も貴公の下着や靴下にまで口を出しておったそうじゃないか? |
| ルーズベルト: | いきなりワタシのプライベートを突いてくるとは、どういうおつもりか、トマス殿(怒)!! ワタシに恥をかかせるためにココへ連れ出したのですかナ? |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
いやいや、そうではない、そうではない。ちょいと挨拶がわりにアナタにまつわるエピソードのひとつとして、お話ししただけじゃ。 |
| テラダ某: | ほほぉ〜、(意外そうな顔をして)こりゃ面白そうな人ですね。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
この大統領は地理が好きだったほか、趣味として切手の蒐集などにもハマっておったそうじゃ。まぁ、これは趣味とはいえぬが、結構な漁色家でもあったそうじゃのぉ。どうかな、大統領? |
| ルーズベルト: | (不服そうに)もういい加減にしてくださらぬか、トマス卿!! |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
お〜悪い悪い。だんだん顔つきがヤバくなってきたぞなもし。それではもう少しマジメに大統領の生い立ちや人となり、キャリアについて語るとしよう。 |
| ルーズベルト: | 今度はマジメにお願いしますぞ。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
そもそもこの御仁はオランダ系の由緒ある家に生まれており、第26代米国大統領であるセオドア・ルーズベルトの甥にあたるんじゃ。ハーバード大学卒業後、ニューヨーク州選出の連邦議員、海軍次官、ニューヨーク州知事とキャリアを積み、1933(昭和8)年には第32代米国大統領にまで上り詰め、そのまま4選されておる。もちろん異例のことじゃ。フランクリンは1920(大正9)年に民主党の副大統領候補として出馬して敗れているのだが、ちょうどこの頃、小児麻痺(ポリオ)にかかり、ニューヨーク州知事、大統領時代を通じて車イス生活を送ることとなり、大統領在任中に死んでおる。そんな彼のキャリアの中でも特筆すべきは、海軍次官として8年間にわたり海軍行政を牛耳ったことじゃな。よって海軍次官在任中の8年間はルーズベルトをして海軍の権威者にしたのじゃ。そして大統領就任後には海軍の大独裁者となったのじゃよ。 |
| ルーズベルト: | 最初ッからそういう紹介をしてくれればいいのに。トマス卿も人が悪い(満足そうに)。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
ついでに言えば、フランクリンの母親はデラノ家というフランス系の一族。デラノ家は米国の南北戦争時代に中国からのアヘン輸入で財を築き上げた海運業者じゃった。彼女は幼年期の2年間を中国で過ごしており、ルーズベルトの中国びいきはそんな母の影響だとも言われておる。本当かね? |
| ルーズベルト: | ふ確かに母の影響は強かった。ワタシの中国びいきや日本嫌いがそのおかげかどうかはわからぬが、当たらずとも遠からずといったところか。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
さらに言うなら、この大統領の性格は大変複雑で、他人に自分のココロの内を見せるようなことは決してせんかったそうじゃ。そのうえ猜疑心が強く、とても執念深かったらしいのぉ。またどういうわけか、日本のことをたいそう憎悪していたんじゃな。 |
| ルーズベルト: | また余計なコトをおっしゃる! もう幽界へ帰りますぞ。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
まぁまぁ、アナタの紹介はこれぐらいにしとくから、そうヘソを曲げずに機嫌を直したらどうじゃ。あっそうそう、もひとつカンジンなことを忘れておったぞ。御仁はあの世界大恐慌の際にかの有名なニューディール政策※2を実施した大統領でもあるぞなモシ(またヘンな方言)。 |
| テラダ某: | ナンだか随分と付き合いづらそうな人間(いやユウレイ)だぞ、コレは……(独り言)。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
さて、それでは本論に入るとするか。そもそもテラダ某、日米戦争について語るには、まず日中戦争(支那事変)※3を語らんと先へは進めまい。 |
| テラダ某: | その前に白人のとった封建的帝国主義の時代背景について語らないと、この話は先へ進められませんよ、トマスおじさん。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
おっ、これは大きく出たな。お前にしてはハッタリが利いておるワイ。 |
| テラダ某: | アッシだって日本人としての言い分がありまっせ(胸を張って)。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
よしよし、ではぜひ言ってみなはれ。 |
| テラダ某: | (初めて緊張した面持ちで)本来、米国は白人植民帝国主義の歴史では最後に遅れて登場した国ですゼ。そんで、米国がアジア大陸にその侵略の矛先を向けた頃には、英・仏・独・露などの白人先進国にほとんど要地を押さえられており、残っていたのは満州だけだったのですヨ〜。ココに無理に侵入し割り込もうとすれば、先発の日本と衝突するのは目に見えていたじゃないですか。なぜなら満州には日露戦争以来の国際法上合法的に獲得した(ここはとくに強調して)日本の利権があり、すでに五族協和※4の理念を掲げる満州国が成立していたからなんですヨ(一気にまくしたてたあと、フ〜と一息つくテラダ某)。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
ほぉ、お主、今日は珍しく雄弁じゃのぅ。 |
| テラダ某: | 大体が、日本のポツダム宣言受諾の報を受けた『ニューヨークタイムズ』紙が1945(昭和20)年8月14日付で「太平洋の覇権を我が手に」の大見出しとともに「我々は初めてペリー以来の願望を果たした。最早、太平洋に邪魔者はいない」との記事を載せたそうじゃないですか。これはすなわちペリー以来のすべての行動が日本への侵略行為であったという米国の本音と従来からの底意を、勝利にのぼせ上がったついでに思わずポロリと吐露したことになりますゼ。いかがですかい? 日本嫌いの大統領殿! |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
オイオイ、随分と今日は挑発的じゃのぅ。それにいつもと違って背骨がスッと伸びておる。コレは面白くなりそうじゃワイ(冷笑)。 |
| ルーズベルト: | まぁまぁ、そう気色ばむな、テラダ某とやら(苦笑)。どの国にもホンネとタテマエというものがあるではないか。それに国家というものは一に国益、二に国益、三・四がなくて五に国益なのだヨ。そういう日本も国益のために戦ったのだろう? 戦争は始めた以上は勝たねばならぬのダ。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
ふむ、そのとおり。日本でも言うじゃろう、「勝てば官軍、負ければ賊軍」とな。 |
| テラダ某: | てやんでぇ、ルーズベルトさんよぉ、アンタは一に謀略、二に計略、三・四がなくて五に策略でしょ〜がッ! フンッ(悔し涙)!! |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
まーまーまー……。これからの日本の将来にとって非常に重要な近現代史の正しい歴史認識について、わざわざ大統領に語らせるためにおいで願ってるおるのじゃ。あまり興奮せずに冷静に議論しなければいかんだろう? |
| テラダ某: | ぬぬぬ……(無言)。 |
| ルーズベルト: | あの当時、米国が実施した石油の対日禁輸をはじめとする対日経済制裁については、米国との妥協を図るため日本も延々9ヶ月にわたって必死に我が国との外交交渉を続けておったが、ワタシは遅かれ早かれ日米戦争は必至だと考えていた。我々の予測では当初、日本の開戦は1942(昭和17)年2月ないし3月であったが、中国戦線で日本軍に窮地に追い込まれた蒋介石は、米国に対日戦の決意を早めるよう懇願してきたのだ。ドイツとの戦いに苦戦していたイギリスのウィンストン・チャーチル卿も、ワタシに対日開戦の決意を一刻も早く促す電報を1941(昭和16)年11月24日に打ってきていた。このためワタシは対日開戦を3ヶ月前倒しで実施することにしたのでア〜ル。日本から先に手を出させるために日本が到底受け入れられぬ例のハル・ノート※5の文言を書き上げて、ワシントン駐在の野村吉三郎大使を国務省に呼び出して手渡したのが、1941(昭和16)年11月26日の午後遅く。実際のところ、このハル・ノートの提案を日本が承諾するわけがないことなど、ワタシはハナから承知しており、「我々は誰もがまもなくやってくる本当の危機に対処する用意をしなくてはならない」とヘンリー・スチムソン陸軍長官や他のワタシの側近に言ったとおり、このときすでに戦争の決意を固めていたのでア〜ル。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
今では歴史の経過とともにわかっていることじゃが、当時ハル国務長官はスチムソン陸軍長官に対して「自分はこのこと(外交交渉)からは手を洗った。あとはキミ(スチムソン陸軍長官)とノックス(海軍長官)の手中にある。陸軍と海軍の出番だ」と述べたそうじゃよ。これは、かのクラウゼヴィッツではないが「戦争は外交の延長である」を、まさに地で行く生々しいやりとりではあるのぉ。 |
| テラダ某: | かくして我が日本は後戻りできない立場に追い込まれたワケですかい(身を乗り出して)。そして、ついに、あの有名な“ニイタカヤマノボレ”の暗号電文が日本海軍機動部隊に発信されたワケですね。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
このハル・ノートとは、戦後、東京裁判でインドのパール判事が「この米国の日本への通牒内容を読めば、ベルギーやルクセンブルクのような小国でも、対米戦を決する過酷なもの」として、米国の謀略を非難しているシロモノでもあるんじゃ。 |
| テラダ某: | ところでこのヘンリー・スチムソンって一体どんなヤツなんスか? |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
ふむふむ。それはのぉ、もともと第31代大統領であるフーヴァー政権下で国務長官をやっておった男での、とにかく日本人を生理的に嫌い、それを公言して憚らない人間だったそうな。まぁ対日強硬派の権化みたいなお人じゃよ。ほんでもってルーズベルト大統領は、そのスチムソンと日本タタキで意気投合したらしいのじゃよ。やがてスチムソンはルーズベルト政権の陸軍長官に就任し、日本を原爆の実験台にする計画を実施に移していくんじゃのぉ。とにもかくにも、日本に強〜い偏見をもった人物であるぞよ(含み笑)。さらには1938(昭和13)年に設立された「中国を援助する教会委員会」という米国の国民運動組織の名誉会長にも就任しておる。そしてこの組織も戦後わかったコトだが、反日プロパガンダのために中国国民党政府が強力な働きかけをしておったのじゃ。 |
| テラダ某: | そ、そうだったんスか〜。じゃ、コイツのおかげで日本は広島と長崎にあのピカドンを落とされたっちゅーワケですね(怒髪衝天)!! |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
ついでに言えば、1941(昭和16)年11月25日付の例のスチムソンの日記には、ルーズベルト大統領の戦時内閣が「日本に先に手を出させる」ことを話し合い、これによって「米国民が戦争に努力する必要を認めて団結する」と書き記しておる(ダメ押し)! |
| テラダ某: | やっぱり我々日本人は、米国にハメられたことになるんですかい……(ガックリ)。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
まだまだあるぞよ(もったいつけて)。他の資料によれば、いっそう明白になるのじゃ。日米戦がルーズベルト大統領が巧妙に仕掛けた謀略であることは、米国の歴史学者チャールズ・ビアードが告発しておる。彼の著書『ルーズベルト大統領と日米戦争』は終戦3年後の1948(昭和23)年に出版されておったのに、日本ではなぜか封印されておった。さらに、このあたりの事情を裏付ける確実な資料としては、ルーズベルトの長女の夫カーチス・B・ドールの家族内からの告発の書『操られたルーズベルト』で決定的になっておる。大統領一家の一員である娘婿のドールが語る驚くべき真実の証言が記されてあったのじゃ。大統領は会食の席で家族に、ナンと次のように言ったそうな。「私は決して宣戦はしない。私は戦争を造るのだ」と……。そして真珠湾攻撃の前日の会食では、「明日、戦争が起こる」とまでつぶやいていたという。どうじゃな? 大統領。いままでワシが述べてきたことは果たして真実かな(皮肉笑)? |
| ルーズベルト: | おおむねそのとおりですな、トマス殿。さすが元学者だけあって、ユウレイになっても近現代史の研究を怠ってはいなかったわけですな。コレは意外です。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
なんせワシは下界にいるときから、向学心が強くてのォ〜(自慢気)。 |
| テラダ某: | 先程の話に戻りますが、やはり日米戦争を語るのならば、当然、日中戦争(支那事変)までさかのぼらずには語れませんよ。戦後の日本のいわゆる“左翼進歩的文化人”といわれる人たちは、戦前の日本は西欧の植民帝国主義を真似して、遅れて大陸に侵略を開始した後発の植民帝国主義国だったと見なしているけれど、これはまったくお門違いでっせ。もし日本の力がなければ、満州も朝鮮もロシアの傘下に入っていたはずでしょ? そもそも日本の行為が白人国家のアジア支配と同列に論じられること自体がまったくおかしいと思いま〜すッ! 日本のソレは近隣諸国と日本の生命線を守るための自衛であり、白人らのソレはすべて植民地拡大のための侵略だったんスよ。ひるがえってみれば、大東亜戦争の真の敵は米国のルーズベルトとソ連のスターリンの2人に行き着くのでありんす。とくにスターリンは資本主義国同士を戦わせて混乱させ、最終的には世界共産革命をたくらんでいたじゃないですか。世界の共産化を目的にコミンテルンを結成した翌年の1920(大正9)年、レーニンは今日の資本主義世界の中で利用すべき根本的対立の第一は日米関係であり、「共産主義政策の実践的課題は、この日米間相互の敵意を利用して、彼らをいがみ合わせることである。そこに新しい情勢が生まれる」と明快に演説していますゼ。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
テラダ某よ、たいした勉強ぶりであるのぉ。少しは見直したぞよ。 |
| テラダ某: | (調子こいて)結局のところ、スターリンはソレを見事に実践して成功させたわけでゴザル。つまるところ領土を拡張して共産国を増やし、戦争の目的を達したのはスターリンだけだったのでござんス。要するにルーズベルト大統領もスターリンに完全に利用され、ダマされたコトになりますヨ。ありていに言えば、スタさん(スターリン)のほうが、このルーズベルトのダンナより、はるかにウワテだったっつ〜ワケ。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
ところでテラダ某。(煽り気味に)日中戦争(支那事変)についてのウンチクはいかがなさった? |
| テラダ某: | そうそう忘れるとこでやんしたよ。(突如、雄弁になって)もともと日本の支那事変以前の対中国政策は、その基本は幣原外交※6に代表される不干渉の宥和政策だったはずじゃないスか。でもソレはかえって中国の排日・侮日運動を助長し、さらには増長させてしまった面がありますよね〜(後悔)。そして中国内部の矛盾の深化とともにますます激しくなり、日貨の排斥、日本製品の不買運動から日本人居留民の虐殺(いわゆる済南事件※7と通州事件※8)までをも引き起こしたんですゼ(興奮)。それに対して日本の軍部は暴走どころか自制をしていたし、その支那事変勃発後の不拡大原則を涙ぐましいくらい遵守する姿勢を見れば理解できますよね。むしろ日本の世論が中国の挑発や同胞虐殺事件を受け、支那の膺懲(暴支膺懲)※9を求める声が高まり、それは国民の総意ともなっていたのではないですか? それでも日本政府は不拡大政策を堅持し、和平交渉を終戦まで何度も試みていますヨ(憤慨)。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
つまり嫌がる日本を挑発し、日本を戦争の泥沼へと引っ張り込んだのは中国だと言いたいワケじゃな。まぁしかし、その背後にいたのはコミンテルン※10なのだがな。それにしても今までのテラダ某とは人が変わったように、今回は能弁じゃのう。 |
| テラダ某: | アッシも生まれて初めて、いくらか勉強しましたよ(照笑)。 |
| ルーズベルト: | まぁ今だから言えるのだがね。確かにワタシは日本を経済圧迫で追い込んで先に仕掛けさせようと思っていた。日本人は嫌いだったしナ。ワタシは確固とした反ファシズムの立場に立ってはいたものの、実は深刻なジレンマに直面していたのだヨ。ナニよりも米国民の大多数が再度の世界大戦への参戦には強く反対していたのだから。ワタシも米国大統領としては異例の4選を果たしてはいたが、米国は戦争には参加しないという国民との約束のもとに選挙で政権の座に就いたワケだからな。となれば国内の反戦世論にいかに対処するかという厄介な作業から今次大戦の戦略(謀略?)を考えねばならなかったのも当然だろう。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
それで一計を案じたワケじゃな、大統領。腹の中では、いつどのように大戦に参加するかを常に考えていたということになるのぉ。 |
| ルーズベルト: | そのとおり(毅然)。それに日・独・伊三国同盟の一員である日本に先に手を出させれば、自動的にドイツやイタリアとも戦争になりますからな。大手を振って第2次大戦に参加できるしな。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
それでハル・ノートの内容をとても日本が飲み込めないような内容にしたワケじゃ。 |
| テラダ某: | このクソじじい! てめぇ、本当に汚ねぇんだヨ(今にもつかみかからんばかりに)!! |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
オイオイやめんか。年はとってもお前サンも大人げないのぉ〜。そもそも国際政治なんてそんなものじゃよ。さっきはホメ過ぎたかな(後悔)。ついでに言えば、近年驚くべき事実が明らかになったのじゃよ。ナンと、このハル・ノートはコミンテルンのスパイだった、当時の財務次官、ハリー・ホワイトなる人物が書いたそうな。したがってこの時点でソ連はいずれ日米が一戦交えることを確信したのではないかな。 |
| テラダ某: | とにかく、そのような謀略もあったでしょうし、ナニよりアッシはあの当時の時代背景や国際情勢を語らないで、日本を侵略国家と断定するGHQ※11主導の東京裁判史観からくる日本人の過てる歴史認識に納得いかないのでゴザンす。今後、このような新事実や埋もれた重要資料がさらにオモテに出ることを期待しますヨ。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
話はちょっと変わるが、米国の対日圧迫外交を後押しした当時の「反日親中」の米国世論がどのようにして形成されたか、日本ではほとんど知られていないじゃろう。現在の日本と同様に、戦前も米国では日中戦争(支那事変)に関連して日本軍の“残虐行為”を告発する大掛かりな反日宣伝活動が繰り広げられていたのですぞ。なおかつ今でも支那事変は日本の軍部の暴走がもたらしたとの見方が日本でも定着しているが、ソレも非常に一方的な偏見だぞよ。 |
| ルーズベルト: | そういえば蒋介石の国民党政府の米国における反日プロパガンダはとにかく徹底しておったよ。たとえば中国の四大ファミリーと言われた富豪、孔・蒋・陳・宋などは、米国留学で知り合った著名米国人をとおして、祖国の窮状と国民党支援を米国政府と米国世論に訴え続けていたのでア〜ル。この四家の果たした役割は、テラダ某、あなた方日本人の想像以上に米国政府を動かしたのだよ。とくに宋家の3姉妹と弟の宋子文の活躍は非常に目覚しいものがあった。宋子文はハーバード大学を卒業後、中華民国の中央銀行総裁、外交部長、行政院長などを歴任し、金融外交面で能力を発揮したし、孔祥煕は米国の名門大学に留学し、実業界で活躍した後に政界へ転じて財政部長代理、行政院長などを歴任。彼は有名な宋家の3姉妹の1人である宋慶齢の姉である宋靄齢と結婚もしておる。宋家の次女である宋慶齢は米国に留学後、日本で孫文と結婚したが、孫文の死後は蒋介石の反共政策に反対し、満州事変以降は徹底した抗日を提唱してソ連にわたり、後に中華人民共和国の国家副主席に迎えられたほどの女傑であった。一方、蒋介石の婦人となった宋美齢は宋慶齢の妹であるが、米国留学中は抗日戦線支援を全米に訴え続け、大きな反響を呼び起こしておる。とくに彼女の場合、洗練された物腰の西欧風マナーを身につけた才媛であり、このワタシも大のお気に入りで、それは可愛がったものよ。またクリスチャンである立場もモノを言ったらしく、米国連邦議会での演説も可能になった。彼女は中国に対する日本の“侵略”を声高に主張して、米国のキリスト教団体やメディア等に反日プロパガンダを積極的に行い、その宣伝塔の役割を担ったものだよ。この四大ファミリーによる米国での抗日宣伝活動が、我が国の外交政策を大きく動かす原動力となった。これらの宣伝活動のおかげで『暗黒大陸
中国の真実』の著者であり、当時米国の上海副領事の立場にいたラルフ・タウンゼントの“日本擁護”の報告書や“中国大陸のことは日本に任せるべき”等のヤツの意見なぞはワタシはまるで一顧だにせず無視し、挙句の果ては日本海軍機動部隊の真珠湾攻撃後、反米活動をしたとの罪を着せて1年間ほど牢獄にブチ込んでやったものである。どちらにしろ、当時の米国は今となってわかったコトではあるが、中国国民党政府や国民党中央宣伝部、そして例のアメリカ共産党※12の背後にいるコミンテルンの策謀が成功して、反日世論一色に染まっていったのだ。 |
| テラダ某: | 日本は完全に彼らの謀略や計略にしてヤラレていたワケですね。 |
| ルーズベルト: | 当時の米国における日本攻撃のもう一方の急先鋒は、アメリカ共産党とそのフロント組織であった。その目的は日米関係を悪化させ、直接的には中国への援助を奨励し、その長期間の抵抗を可能にすることであり、間接的にはソ連に対する極東方面への日本の圧力を弱化させることにあった。しかもこれらフロント組織を通じてアメリカ共産党員がみずからの身分を隠しながら、容易に各階層に接触し、大きな勢力を構築することに成功しておる。これらのコトは大統領であるワタシとしても、その当時はまったく知らなかったのだヨ。お恥ずかしい限りだが……(反省)。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
アメリカ共産党のフロント組織について補足するとじゃな……。「アメリカ平和民主主義連盟」はアメリカ共産党の指導方針に従って行動しており、全米24州109都市に支部を有し、2000団体、300万会員にも達する巨大な組織じゃった。この連盟のもとに「中国援助協議会」が結成され、反日ボイコットや中国侵略行為の反日デモを組織し、対日禁輸を連邦議員に陳情する活動などを精力的に展開したのじゃ。アジア太平洋問題について世界を代表する米国のシンクタンクであった「太平洋問題調査会」はアメリカ共産党と密接な関係にあったことも今では知られておる。ちなみに、この「太平洋問題調査会」の1936年の国際総会に日本代表として参加したのは、なんとあのゾルゲグループの元朝日新聞記者だった尾崎秀実じゃった。 |
| テラダ某: | そのゾルゲグループの“ゾルゲ”って、ソ連のコミンテルンのスパイだったユダヤ系ドイツ人、リヒヤルト・ゾルゲ※13のコトでっしゃろ。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
そのとおりであるぞよ! テラダ某。 |
| ルーズベルト: | アメリカ、つまりFBI※14がアメリカ共産党への監視を強化したのは1939(昭和14)年の後半になってからのコトなのだ。そして、アメリカ共産党がコミンテルンの情報工作を担当していた証拠を米国政府がつかんだのは、ナンと第二次大戦終了後の1946(昭和21)年、FBI当局が傍受していたソ連情報部の暗号解読に成功してからである。そして解読したその中身が1995(平成7)年になって「ヴェノナ(VENONA)文書」※15として公開されたのである。このときに反日宣伝活動の指導者たちがコミンテルンの秘密工作員であったことがわかったのだヨ。まぁ、当時の大統領であったワタシがまったくコレに気付かなかったのは、本当に恥ずかしいコトであるがネ(再度の反省)。 |
| テラダ某: | えぇ〜っ(驚愕)!! |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
もっと突っ込んで言えば、コミンテルンの指示を受けたアメリカ共産党と中国国民党政府、それに中国国民党中央宣伝部の秘密工作員たちは元宣教師や学者、雑誌編集者という肩書きで懸命に反日宣伝を米国で繰り広げ、対日世論は悪化の一途をたどったのじゃな。この「反日親中」世論の支持を得て、コレを大いに利用し、ルーズベルト大統領とスチムソン陸軍長官コンビによる対日圧迫外交はますます強まり、1941(昭和16)年、ついに日米戦争へと発展したワケじゃ。もちろんスターリン=中国共産党はコミンテルンの指示により西安事件※16を機に第2次国共合作※17を図り、国民党内部に浸透しつつコレを巧みに利用し、共同して日本と戦うよう仕向け、ナンとしてでも日中戦争(支那事変)の長期化を図り、国民党と日本を弱体化させ、中国共産党の拡大と日本のソ連攻撃の阻止を行い、中国で、あるいは、うまくいけば日本でも、共産政権を樹立させようと狙っていたのであるぞヨ。そして、これらの謀略を実行した当時の中国共産党の情報工作担当はアノ周恩来であったのじゃ。コミンテルンは1920(大正9)年のレーニンの演説のとおりに米国を使って日本をたたく「太平洋反日統一戦線」構築のため、真珠湾攻撃の25年も前から中国、米国、英国、日本、ドイツなどの各国で秘密工作を続け、ついにその目的を達したワケじゃな(自信たっぷりの長広舌)!! |
| テラダ某: | ひえ〜〜っ、おったまげた(驚愕)!! 国際政治とは国際謀略のことを言うのでんな〜。こんな事実は我々イチ市井の日本人はほとんど知らないんじゃないスか〜(呆然自失)? |
| ルーズベルト: | ワシもスターリンには一杯喰らったワイ。とにかくアメリカ共産党やコミンテルンの偽装が見事だったこともあり、ワタシの政権下の米国は日本とは異なり、ソ連および共産党に対する警戒心が驚くほど薄かったのだな。ワタシ自身も社会主義的色彩の濃いニューディール政策を実施したこともあり、ソ連に対しては大甘なところがあったかも知れぬ。それにイギリスのチャーチル卿があの大戦の後期になると、常に戦後のイギリスの利害を視野に入れて対ドイツ戦を構想したのに対して、元来、単純な米国人であるワタシやその軍事スタッフたちは、まず第一に勝利を考えており、そのためにはソ連、スターリンの協力を重視しなければならず、したがって1943(昭和18)年のテヘラン会談※18では、ワタシはスターリンに対して対日戦への参戦を求める打診を行った。そしてヤルタ会談※19においては協調相手としてのスターリンとヨーロッパ開放地域の民主化について合意し、アジアについても米国の基本方針たる安定した中国実現のためソ連との協力をとりつけ、対日戦への参戦の約束も手に入れたのだ。もとよりコレにはスターリンに対して満州の利権や日本の北方領土を巡る見返り条件をつけることになったのだが……。 |
| テラダ某: | ホントに日本にとってはいい迷惑ですヨ。アンタのおかげでシベリア抑留問題や北方領土問題に繋がったんだモンね(恨み骨髄)。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
当時のルーズベルト大統領はスターリンの悪党ぶりを見抜けないでおったのじゃ。『ニューヨークタイムズ』紙にウォルター・デュランティという記者がおってな。この男はソ連が誕生して間もない頃にモスクワに赴任し、スターリンと単独会見してピュリッツァー賞※20を受賞しているんだが、あの時代のソ連ではスターリンの恐怖政治により数百万人が殺されたり、飢え死にしたりしていたにもかかわらず、それを否定するどころか、むしろスターリンや彼の政策を無批判に誉めそやし続けた。他のジャーナリストが脅しや迫害にもめげず、恐怖政治や飢餓の実態を伝えても、この男はそれを徹底して否認し続け、ソ連政府の言い分を無批判に伝えるだけだったのじゃ。ナニよりもマズいのは、誤ったソ連報道でルーズベルト大統領自身がスターリンの正体を見抜けないまま、米国の国策を過たせる結果になったことですナ。こんなウソつき記事にピュリッツァー賞なんぞを与えるから、大統領もこの男の言い分に多大な影響を受けてしまったのだよ。どうもこの大統領はプライドが高い分、“ピュリッツァー賞”という権威にも弱かったのだろうナ。 |
| ルーズベルト: | それはあながち当たっているかもしれん。とにかく、ワタシのこういった政策が現在のジャップ……いや、ジャパニーズ諸君の東京裁判史観、現代の歴史教科書の自虐史観に繋がる形になったのは、まあ間違いないといっていいだろう。今だから言えるがの。自尊心がチョー高いこのワタシがここまでカミングアウトしたのだ。ジャッ……いや、ジャパニーズの皆さんも、近現代史をぜひもう一度勉強し直してみてはいかがだろう。 |
| テラダ某: | こういうのをマッチポンプって言うんだよな〜、ブツブツ……(独り言)。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
そういえば戦後しばらくして、マッカーサー元帥が上院公聴委員会において「あの戦争は日本にとって自衛(防共)のための戦争だった」と証言したことは知る人ぞ知る事実であり、朝鮮戦争において米国は中朝の共産勢力と戦わねばならなくなったからこそ、すなわち自らの身を挺し、数多くの米国人の若者の血で贖って戦ったからこそ、あの時代の日本の立場というものが実感として理解できたのだろうナ。人間は自分自身が身に染みないと、わからないモノじゃて。 |
| テラダ某: | オイラ日本人としては、「気付くのが遅いんだヨ、てめぇ!」とマッカーサーに言いたい心境でっせ。ホンマにもう……。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
まぁまぁ、お主が怒る気持ちもわからんではないがの〜。もうすでに終わったことじゃろうが。コレはワシの推測だがナ、米国も今となっては少しは反省しておるのではないかナ。 |
| ルーズベルト: | トマス殿、本音を言うとそのとおりなのでア〜ル。幽界に来てつくづく思うときがあるのです。人間というのは、後でわかるものなのですナ。 |
| テラダ某: | しかしそれにしても本当に頭に来ますゼ、トマスおじさん! てめぇらで勝手に日本をイジメ抜いて、挙句の果てに日本をハメたワケでしょ、米国は? そんでもって戦後、国際情勢が変わったと思ったらコロッと変身して、今度は日本を極東の反共防波堤にするために、やれ再軍備をしろとか言い出すし、しかも例の念仏的平和憲法はそのままで、改正もしないまま今日に至っているんスよ。おかげで日本はナニをするにも、いまだにそれが足かせになっているモンね。だったら最初から日本タタキをしなければよかったのに、モ〜。アッシは絶対に納得いきませんゼ。もともと日本はロシアの南下政策やソ連の世界赤化政策から日本やアジアを守るために、朝鮮半島や満州に出ていったワケですからね〜。それに満州などはもともと漢民族ではなく満州族の土地でしょう。しかも馬賊や匪賊が跋扈して治安は乱れに乱れていたし、日本のおかげでそれがマトモになったんスよ〜。満州は現在のチベット自治区や新疆ウイグル自治区、それに内モンゴル自治区と同じように、漢民族とは歴史的に見てもまったく異なる人種の土地だったんスからね〜。もし今のチベット自治区や新疆ウイグル自治区が独立するようなことが起きたら、おそらく世界は拍手喝采するんじゃねぇの。それに日本は満州には膨大な投資もしたしな〜。日本人としてはますます解せなくなってきやしたゼ。 |
| ルーズベルト: | 時代が変われば、歴史への見方も変わるのだろう(他人事のように)。 |
| テラダ某: | まったく、このオッサン、いやこのユウレイ、無責任もいいところだゼ。“20世紀イチの無責任男”とは、オメエさんのことじゃねぇのか!? |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
まぁ戦後63年以上も経過して、日本による真珠湾攻撃の件も当時は国家機密資料となっていたのだが、現在は秘匿する理由がないじゃろう。ただ米国が謀略によって日米戦争に勝利したのが事実であれば、いくら情報公開法を自ら制定していても、国家的信用と名誉が崩壊するおそれがある資料は公開しないのが当然ではあるのぉ。それが国家というものじゃ。 |
| ルーズベルト: | ワタシが言うのもナンだけど、米国という国はたとえタテマエであっても常に「正義」を貫いて国際社会を主導してきたと宣伝してきたのだ。我がアメリカは、建国以来、常に自由・平等・民主・人権という人類にとっての普遍的理念を掲げてきた国家でもある。もし謀略の事実が米国民や国際社会に知れわたれば、国際信用を失墜させることになろう。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
米国が真珠湾の真相を拒み続けているコトは、日本を謀略のワナに引き入れたコトを無言のうちに語っているとは思わんかね、テラダ某よ……。 |
| ルーズベルト: | だがしかし、いずれコレに関連する国務省や国防省の公文書や重要資料が公開されるときがやってくるのは間違いないだろうな。もっともそれによって現在の日米関係が危機に瀕することは最早あるまいとワタシは信じるがネ。なぜならば、すでにそれらのコトは歴史の彼方に去っているからでア〜ル。 |
| テラダ某: | 勝手なコト言ってるよナ〜。この車イスのオッサン(ムッとして)。本当に自分勝手で都合のよい国なんスね〜、米国は(呆れ笑)。でも日本に落とされたアノ2発の原爆については、アッシら日本人は永遠に忘れないと思いますヨ!! |
| ルーズベルト: | (沈黙)……。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
日本もそろそろ一人前の自己完結国家を目指すときが来たのではないか? なぁ、テラダ某よ(諭すように)。 |
| テラダ某: | でもこの車イスのオッサンのおかげで、GHQに押し付けられた誤った歴史認識を引きずった自虐史観丸出しの歴史教科書に、日教組のダメ教師や都道府県の教育委員会のアホ教師(モチロン、教師全部とは言わないが)と来ちゃあ、お国にとっての最重要事項の一つである教育がママなりませんヨ。それに国内治安も危ないものだし、日本の国防と来ちゃあ話にもなりませんや。コレじゃあ自己完結国家もクソもないし、諸外国に笑われますヨ。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
それはもっともな話だのぉ。あいかわらず教科書は左向け左だし、自虐史観は溢れておるし、左翼系や某疑似宗教団体がそのメンバーの大部分を占めるといわれている日教組や、左巻きの学者たちの巣窟である日本史学会も健在(笑)だし、某エセ宗教団体と密接な関わりがあるといわれている都道府県の教育委員会は、ついに汚職で逮捕者を出すほど腐敗しきって、落ちるところまで落ちているそうだしな。案の定、文部科学省の役人も逮捕されたようだし、お次は全国に波及した挙句、いよいよ政治家、オッと間違った、アホな利権屋代議士にまで行くんかのぉ〜。こりゃ当分、日本人の誤った歴史認識は変わらなさそうじゃの。 |
| テラダ某: | そうですヨ。日本人にとっての近現代史の歴史認識を正しい方向に変えない限り、教育もへったくれもありませんや。それにしても、この車イスの大統領さんはアホやなぁ。日本をハメたのはいいが、戦争が終わってみれば結局スタさん(スターリン)に一杯食わされたワケでんねん。こんな“マヌケな”大統領にやられた日本は、まだその後遺症に悩んでいるワケか。考えてみりゃ、コイツが日本タタキをしなけりゃ、拉致問題もなかったっちゅうコトになるよなぁ。ますます腹が立ってきたぞ、オイ。今夜は眠れそうもねぇや。 |
| ルーズベルト: | どうやらワタシの日本憎しの個人感情による浅はかな思慮により、後々まで日本に迷惑をかけておるようだナ。I'm sorry・・・・・・(ションボリ)。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
な〜るほど、それは拉致問題の本質かもしれんぞ。さかのぼって近現代史の流れを絡めて改めて考えてみると、目からウロコが落ちるコトもあるもんだのぉ(得心)。しかし、そのテラダ某の視点で拉致問題を認識している日本人はあまりおらんじゃろう。それに東京裁判史観による歴史認識上、都合の悪い部分が多々出てくるのではないか。そうすると困るヤツらもたくさんおるじゃろうて。となれば、どちらにしろ米国は拉致問題に協力する義務があるワな。ココロある米国人はもうわかっておるんじゃないんかのぉ? |
| ルーズベルト: | ワタシをはじめ米国は、日本に罪滅ぼしをせんとな。 |
| トマスおじさん: (トマス・H・モア) |
ところで、オイ、テラダ某。今日は前回にも増して長居しすぎたワ。もう幽体エネルギーがカスカスじゃ。手遅れにならないうちにオサラバするぞなモシ。じゃあナ。 |
| ルーズベルト: | テラダ某とやら、今回のメッセージの「大統領の陰謀」というテーマだが、「ある大統領の“マヌケな”陰謀」というテーマに変えたらいかがかな(殊勝)? |
| テラダ某: | とほほ……(泣笑)。いまさらナニを言ってるんだよ、このオッサン、いやこのユウレイ。 |
| ルーズベルト: | See you again! |
| テラダ某: | げっ。ゴメンこうむるゼよ(最後は坂本竜馬風?)。 |
| <註 解> ※1.「東京裁判」 1946〜48(昭和21〜23)年に行われた、第2次大戦で降伏した日本の指導者を連合国側が“戦争犯罪人”として裁いた裁判。正式には「極東国際軍事裁判」という。原子爆弾の使用など連合国側の罪は一切問われることなく、戦勝国が敗戦国を一方的に裁くという構図で、現在では国際法上、無効であるとする評価は多い。インドのパール判事は「勝ったがゆえに正義で、負けたがゆえに罪悪であるというなら、最早そこには正義も法律も真理もない」と語り、同裁判に出廷した判事中ただ一人、裁判自体の正当性に異議を唱えた。 ※2.「ニューディール政策」 世界的大恐慌の1930年代に、ルーズベルト政権下で実施された政策の総称。「新規まき直し」の意味で、大統領選挙のときに使われた言葉である。経済のほぼ全部門に連邦政府が介入したのが特色。大規模な公共事業、社会保障制度の確立、累進課税化などを主な重点政策とした。 ※3.「日中戦争(支那事変)」 1937(昭和12)年の盧溝橋事件から1945(昭和20)年の日本の敗戦まで、日本と中国の間で行われた戦争。「支那事変」は日本での呼称である。当初、日本は不拡大方針をとっていたものの、なし崩し的に全面戦争化。戦争は8年間にわたって続けられ、日中双方におびただしい犠牲者を出した。この戦争をとおして日本と米英の対立は深まり、やがて第2次大戦へと突入していくことになる。 ※4.「五族協和」 日本が満州国を建国したときに唱えた、日本・朝鮮・満州・内蒙古・支那の5民族が協力して平和な国を造ろうという理念。ちなみに辛亥革命で孫文が唱えた「五族共和」は、支那、満州、内蒙古、チベット、東トルキスタン(現在の新疆ウイグル自治区)の5民族による共和制のことである。 ※5.「ハル・ノート」 大東亜戦争開戦直前の1941(昭和16)年11月26日、米国側から日本側に提示された交渉文書。日米交渉の米国側の担当者であるコーデル・ハル国務長官の名前から「ハル・ノート」と呼ばれる。日本の中国や印度支那からの即時撤兵、日米の中華民国(蒋介石の国民党政府)の承認、第三国との太平洋地域における平和維持に反する協定の廃棄など、それまでの日米交渉の経緯を一方的にすべて無視した内容で、事実上の最後通牒だった。 ※6.「幣原(しではら)外交」 大正末期から昭和初期、外務大臣であった幣原喜重郎が行った親英米路線の宥和外交。 ※7.「済南事件」 1928(昭和3)年、中国山東省の済南で日本人居留民保護・権益確保のために派遣された日本軍と、蒋介石率いる国民党軍との間に起きた武力衝突事件。中国側からの挑発で両軍は市内で交戦状態に突入、居留民保護に奮闘する日本軍とは対照的に、中国軍は民間人である居留民に対し、略奪、暴行、虐殺など非道の限りを尽くした。手足を縛った上で頭部をカチ割る、刃物によるメッタ斬り、婦人に対しては全員に陰部に棒が挿入されていたり、あるいは焼かれていたりで、その残虐行為は「酸鼻の極み」だったという。斉南病院が行った検死結果を見ても、男根切断、内臓引き出し、メッタ刺しの痕……等、中国人の残虐性のシンボルのような手口だった。 ※8.「通州事件」 1937(昭和12)年、中国人部隊による日本軍部隊に対する襲撃と、日本人居留民(日本統治下にあった朝鮮系日本人を含む)に対する虐殺事件。100名余りの日本軍部隊に対し、中国軍は3000名。応戦で手一杯の日本軍を尻目に、中国軍は日本人居留民の家屋を焼き払い、略奪、暴行、陵辱、虐殺などの残虐行為を行った。男性は首に縄をかけて引きずりまわした後に殺害、14〜15歳以上の女性はその全員を強姦した上で殺害したほか、局部を切り取ったり眼球をくりぬくなどの行為も見られた。斉南事件、通州事件をとおして日本人は中国人の人間業とは思えない残虐性に驚愕し、激昂し、その結果「暴支膺懲」を日本の軍民が合言葉にするに至った。 ※9.「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」 暴虐の限りを尽くす支那を懲らしめようという意味の、日中戦争(支那事変)における日本のスローガン。 ※10.「コミンテルン」 「共産主義インターナショナル」あるいは「第3インターナショナル」ともいわれる共産主義の国際組織。1919(大正8)年、レーニンの提唱によりモスクワで結成された。その目的は最終的には全世界の共産化にある。 ※11.「GHQ」 連合国最高司令官総司令部の通称。第2次大戦が終結し日本がポツダム宣言を受諾した1945(昭和20)年からサンフランシスコ講和条約が発効となる1952(昭和27)年までの間、日本を占領し、間接統治を行った。 ※12.「アメリカ共産党」 1919(大正8)年に結成された米国の共産主義政党。1920〜40年代にかけて米国の労働運動に大きな影響を与えた。80年代のレーガン政権における反共政策や冷戦終結にともない、その後は支持を失っているが、現在も存在する政党である。 ※13.「リヒヤルト・ゾルゲ」 1933(昭和8)年、ドイツの新聞記者を隠れ蓑にして日本に潜入したコミンテルンのスパイ。朝日新聞記者だった尾崎秀実や西園寺公望の孫である西園寺公一、アメリカ共産党員の洋画家宮城与徳らを主要メンバーとするスパイ網を日本に構築し、日本軍の機密情報をソ連に暗号電文で送るなどのスパイ活動を行った。大東亜戦争開戦直前の1941(昭和16)年10月、ゾルゲや尾崎らのグループはスパイ容疑で警視庁特高一課と同外事課によって一斉に逮捕され(ゾルゲ事件)、国防保安法、治安維持法違反などにより起訴、1944(昭和19)年11月7日のロシア革命記念日に死刑が執行された。 ※14.「FBI」 米国司法省傘下の組織で連邦捜査局の略称。複数の州にわたる犯罪や、スパイやテロリストなどの国家に対する犯罪から合衆国を守り、治安を維持するため、州を超えて捜査を行える権限をもつ。 ※15.「ヴェノナ(VENONA)文書」 1930〜40年代にかけて、コミンテルンの在米スパイが当時のソ連モスクワとの間で交わしていた電文を傍受し、その暗号を解読した記録文書。旧ソ連崩壊後の1995(平成7)年にクリントン政権下で公開された。 ※16.「西安事件」 1936(昭和11)年、内戦停止を求めて西安で起きた、張学良・楊虎城らによる蒋介石監禁事件。 ※17.「国共合作」 中国国民党と中国共産党の間に結ばれた協力関係で、1924(大正13)年から1927(昭和2)年の第1次と、1937(昭和12)年から1945(昭和20)年の第2次がある。 ※18.「テヘラン会談」 1943(昭和18)年、イランのテヘランにおいて米国大統領ルーズベルト、英国首相チャーチル、ソ連最高指導者スターリンのほか、英国外相イーデン、ソ連外相モロトフなどが一堂に会して行われた連合国側首脳会議。この会談においてノルマンディー上陸作戦が決定された。 ※19.「ヤルタ会談」 1945(昭和20)年、クリミア半島のヤルタにおいて米国大統領ルーズベルト、英国首相チャーチル、ソ連最高指導者スターリンによって行われた連合国側首脳会議。降伏後のドイツの分割統治など、第2次大戦の戦後処理について話し合われた。俗に「ヤルタの密約」といわれる秘密議定書も存在する。 ※20.「ピュリッツァー賞」 新聞などの印刷報道や、文学、作曲に与えられる米国で最も権威ある賞。社説や報道、特集記事、伝記や歴史書などのノンフィクションのほかフィクションに対しても贈られる。 |
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大統領の陰謀
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