<放談その2:トマスおじさんの個性考>
 
トマスおじさん:
(トマス・H・モア)  
(独白)ひょんなことから現世に呼ばれたのは退屈しのぎに良かったが、あの「テラダ某」という変わり者に講釈を垂れてしまったのはチトまずかったかな。ヤツのことだ。またぞろわしを呼ぶんだろうな・・・と、言わんことじゃない。例のカブキチョウのゴリラの下で、天を仰いでおるわ。

テラダ某: (独白)あの胡散臭い「トマス・honky・モア」のじいさん、勝手に講釈のたまっていたが、確かに正論は正論。聞いてる分にはおもしろい。暇つぶしに一丁呼んでみるか・・・。しかしトマスおじさんとはまた、トホホな呼び名にしたもんだが・・・。ま、いっか。
「トマスおじさーん オーイ」

トマスおじさん:
(トマス・H・モア) 
ポンッ「呼んだな・・・」(オイオイ、やっぱり呼びやがったか)

テラダ某: 「ハイ。呼ばせていただきました」(オイオイ、ホントに出やがったよ)

トマスおじさん:
(トマス・H・モア)
ひと月ぶりじゃな、テラダ某。どうじゃ、おまえさんの商売のほうは?
相変わらず小難しいことで悩んでいるのか(薄笑)

テラダ某: はぁ、もう青息吐息でございまして。景気も天気も湿っぽくて・・・。

トマスおじさん:
(トマス・H・モア)
湿っぽいのはおまえの頭の中じゃないの 難しい屁理屈やら主義主張が通る世の中でもあるまいに。もっとこう軽〜く、人の世に合わせていけないものかね

テラダ某: でもそれをやったら、今まで私が突っ張ってきたスタイルとポリシーが無くなってしまいます。店だって経営方針だって、周りとは違うんだということに信念持ってやってきてるのに(号泣)。

トマスおじさん:
(トマス・H・モア)
ふん、個性化というやつね(嘲笑)。わしの分身が書いた「ユートピア」
の世界では、個性化よりも、共通の価値観と平等な分配こそ理想社会のハズだったがな。もちろん皮肉だが(笑)。モノやカネが豊かになれば、人は欲張りだから、自分まで偉く見せたがる。人と違うことが自分の個性だと、安直に思うのだね。だが考えてごらん。明らかに人と違う・・・例えば一握りの天才とか、革命家とか、事によっては犯罪者とか、彼らはとびっきり個性的ではあるが、ある意味、社会の規範から外れたアウトローだぞ。おまえはそこまでイっちゃう気があるのかい

テラダ某: それはちょっと極端すぎますが、でも人間ひとりひとり違うものだし、今は幼稚園からだって個性化と言って、押し付け教育を止めましょうという時代なんですよ。店だってどこに行っても同じだったら、安い店しか流行んないでしょだから他所と違う個性が必要なんです(興奮)

トマスおじさん:
(トマス・H・モア)
まあまあ(困惑)。わしが言いたいのはそういうことじゃない。個性という言葉で我儘を正当化している輩が多すぎるということに嘆いておるだけじゃよ。ひと個人にしたっておまえの商売にしたって、人間が違えば10人10色。真似しようといったってできるものじゃない。生まれも違えば育ちも違う。これは当たり前。だけどそこからスタイルやポリシーなんぞを紡ぎ出すのは至難の業なんよ。それはある意味、時代が評価するんだな。そして、そのメッセージが理解されるには時代にも準備が必要ということ。時間も掛かるイバラの道かもしれん。しかし評価されないスタイルやポリシーなんて忘れられるだけの儚いもんだ。なぁ、テラダ某よ。

テラダ某: はい、それは確かに・・・・。でも私がやることは、私以外にはやれない
ということですよね。因みに私のポリシー、聞いていただけます
「この業界の通念と既成概念をぶっ壊す」っていうんですけど。

トマスおじさん:
(トマス・H・モア)
う〜ん。またまた小難しく言っているが、さっきも言ったように、スタイルやポリシーとか自分でいくら騒いでも、他者の評価が無ければただの呪いにしかならんのよ。立派な書物をいくら著しても理解されないやつはいくらでもいる。あのトマス・モアもそう。まあしかし「水の一念、岩をも通す」というからの。やるだけやってみんさい。わしには幸い時間はいくらでもあるし(そもそもこの世に居ないし)、見届けてやるよ。

テラダ某: トマスおじさん、きっと腹の中で笑ってるだろう。「おまえにできるかい」って。

トマスおじさん:
(トマス・H・モア)
いやいや、テラダ某には期待しとるよ(冷笑)。

テラダ某: 絶対やってやる。死んでもやってやる

トマスおじさん:
(トマス・H・モア)
おいおい、死んでどうすんだ??


 
トマスおじさんの個性考の巻、おしまい。
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