復活の序章? その1 2007年はあッという間に経ち、新年ももう1月の半ばを過ぎようとしています。まさに“光陰矢のごとし”です。ところで年初の大発会で日本の株式市場は過去最大の下げ幅を記録しました。そして史上最高値をつけた原油高。なにやら、これからの波乱の世の中を暗示しているような気がするのですが、それにしても今年以降の日本は(世界も含め)大変なことになりそうな予感がします。 ところで、私、テラダ。この数年間何とか生き延びて来たものの、相変わらず本業の方は大苦戦しております(苦笑)。この業界の昨年12月度の営業結果は例外を除いてどこも11月よりも大幅なマイナスを記録したようで、これは戦後初めての現象という深刻な結果だそうな。いよいよ業界のカタストロフィーが始まったのでしょう。尤も、この業界は日本社会の縮図であるからして、今日の日本社会を少しでも真剣に推測・分析すれば、然もありなんと諦めの心境になりそうなのも宜なるかなと私自身自嘲気味に思うこともあるのですが・・・・・・。 まぁ〜遂に、というか、とうとう戦後の長きに渡って歪みきった社会システムのツケが一気に噴出したのだろうと思います。当然我々の業界も例外ではありません。 つまるところ今日の日本は、ある種のシンドロームが蔓延していると思うのです。「バレなきゃいいだろう!皆やってるじゃないか症候群」というヤツですな。元々人間社会に神代の昔から継続して存在する一つのパラダイムではあるのですが。まッ、それが例の改革という旗印の下の規制緩和政策により一挙にその思考が社会全体に行渡り、行き着くところまで来たということなのでしょうか? その結果“正直者が馬鹿を見る”という今の世の中の状況がここ数年でハッキリと社会に浸透してきたと思われるのです。 数々の食品偽装事件はその中の一つにすぎません。例の「サブプライム・ローン」の問題にしても、要するに金儲けの為にポンジーなイカサマ金融商品をあみだし、それを多くの投資家がマネーゲームの一環として大量に購入した挙句にその殆んどが焦げ付いたということにすぎません。恐らく巷間で言われているような半端な不良債権額ではないでしょう。米国の大手銀行の一つや二つフッ飛んでもおかしくないのではないか?世界的クレジット・クランチにならなければよいのですが・・・・・・。 そうなれば私の商売も一貫の終わりですからネ。 翻ってこの日本では、ベンチャー企業を育成する為の新興株式市場は国家公認の賭場と化し(インサイダー取引や株価操作が横行)、大企業にとって頗る都合のよい非正規雇用社員を斡旋する人材派遣業は違法行為のオンパレードで、これまたお国公認のピンはね業に成り下がっています。はたまた、伝え聞くところによれば介護関連事業や非営利法人であるはずの多くのNPO(特定非営利活動法人)でさえタテマエは兎も角、国家の寄生虫と成り果てているようです。こんな国にいったい誰がしたのでしょうか(悲憤慷慨)? これでは、額に汗して働く人間など早晩社会からいなくなるのではと危惧するのは私だけではありますまい。 人間以外には何も資源のない日本という国家。そしてこの国最大の財産であった“勤勉な国民”。それらがやる気を無くし社会全体を閉塞感が覆っている今の世の中、一部のズルイ人間のみが前述の思考パターンにより、法の抜け穴やグレーゾーンを巧みに利用して金を儲けている社会。それこそが今の日本の社会なのだろうと思うのです。世界的な過剰流動性等の金余り現象もあり、ファンドというお金の塊が百鬼夜行の如く跳梁し、拝金主義や金銭至上主義そして企業の利益至上主義が跋扈する究極の資本主義のなれの果てと言えるかもしれません。今や新自由主義やグローバル資本主義の名の下に自由をはきちがえた、いかがわしく且つ野放図な経済活動が改革や規制緩和という錦の御旗の下に、日本社会の水面下で表社会も裏社会も一緒くたになって大企業をも巻き込みながら行われているのではないでしょうか? 恐らく百兆円以上の札束が日本国内に乱れ飛び、それでいて中間層や末端にはそのお金が回ってこない社会になってしまいました。もう既にサラリーマンの時代は終わっているのです。私のようにサラリーマンや一般庶民を相手に商売をしている者にとっては、これらの現状が痛感できます。日本の政治家達や一部の経済学者達がここ6・7年やってきたことは“何かがおかしい”と同時に“何処かが間違っている”と皆さんも思いませんか? 今後は世界的にもこのグローバル資本主義やアメリカナイゼーションの名の下の欲望資本主義(強欲資本主義とも言うらしい)を規制し、グローバル化や成長の恩恵を、豊かな人々の懐と銀行預金だけに蓄積するのではなく、富の再配分を広く公平に中間層や末端庶民に行渡らせ、社会のセーフティネットの整備と拡大を図る方向、つまり“古き良き社会民主主義の要素を再度取り入れた社会経済システム”を早晩構築しなければならなくなるのではないか? と思うのですが・・・・・。 つまり、わが国の場合に於いては、日本の歴史・伝統・文化を基にした「日本型社会民主主義的自由主義」という概念を前提にする新社会経済システムの構築ということになりますか。 しかしながら、昨今の改革という代物にしても、戦後の日本社会に蔓延ってきた歪んだ未解決のアンタッチャブルなサンクチャリーの領域にメスを入れ、その膿を出してからの改革ということであれば兎も角、戦後の復興を最優先にしてきたがために、さらにはバブル崩壊以後の後遺症から脱却するためにそれらを放逐したまま規制緩和に走ったことによって、例のパラダイムがそれらの領域の人間達の間に一気に増殖するキッカケを与えたのだと私には考えられます。 尤も、今の日本社会はお国の行政が一連の規制緩和策の波及により事後監視型行政に転換し、種々の法規制の整備や罰則の強化等が続々なされるようになりました。これも考えてみれば当然の話で、規制緩和によって生じた多くの抜け穴を突いて儲ける“やり得商売”が横行している以上、“賞あれば罰あり”ではないのですが“規制緩和あれば罰則の強化あり”となるのは必然でしょう!風聞によれば、先に述べた聖域にも司直の手が入りだしているそうです。 この様に、ここ数年前から何やら地下である種のマグマの胎動が聞こえるようになり、昨今、そのマグマは序々に動きが激しくなり、胎動から鳴動へと変化してきたように感じます。 「盛り場浄化作戦」から「日本浄化作戦」へ、そして戦後60有余年の長期間によって生じた日本社会の制度疲労を通り越した制度腐食を刷新する“平成維新”とも言うべき、あの血塗られた「フランス革命」や「ロシア革命」とは違う血の流れない革命が脈動しだしたのカモ! と思う今日この頃です。 どの道、私共の商売も含めて日本という国は今後ともしばらくの間は非常に厳しい茨の道を進まなければならないでしょう。フゥ! 厳しいですネ(苦笑)。 ところで、好き放題記述しましたが2年と9ヶ月ぶりに復活したエッセイです。そのためか今回は少しばかり力が入り過ぎたこともあり、以前のスタイルとは大分様変わりしてしまいましたが、この幾歳月で何かと想うところが有り、いろいろ書きました。どちらにしろ私にも本業があります故に、このエッセイ、毎月の更新というわけにもなかなか行きません。今後は適宜、したためますので、皆様その節はよろしくご高覧のほどをお願いいたします。 では、今回はこれにて失礼。 |
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2008/1/16
株式会社フレーバーハウス てらだ ひでお |
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