学生街の喫茶店

 寒い冬が終わり、ようやく春の足音が聞こえ始めました。春といえば新入社員や新入学の季節。私も学生時代のことを思い出します。

 私が大学の4年間を過ごした70年代前半は、大きなヤマ場こそ通り越してはいましたが、学生運動の炎がまだまだ燃え盛っていた時代。とくに私の入学当時は学内の至る所がバリケード封鎖され、ヘルメットをかぶった学生たちが拡声器でアジ演説をするなんていう光景が日常的に見られました。そうした連中には見向きもしない私でしたが、かといって授業を熱心に受講するわけでもなく、学校よりもむしろ新宿や六本木で夜遊びに興じている時間のほうが多い(!?)、かなり不真面目な学生だったといえます(笑)。おかげで大学では友達も少なく、仲のよいのが5人いた程度。仲間で集まっては授業をサボって喫茶店へ行ったり、麻雀に耽ったりしていました。いま思うと、確かに無為な日々を送っていたような気もしますが、まだ若かった私にとっては、ときには喧嘩し、ときには笑いながら好き勝手なことを言い合える仲間たちと過ごす時間は、それはそれで貴重なものでした。そして、そんな仲間の中でもとりわけウマがあったのが、いつもGパンにマッシュルームカットというスタイルでキメていたIです。

 そのルックスからもおわかりのとおりIはビートルズが大好きで、自分でもバンドを組んでいました。笑顔がとびきり人懐っこい、本当にいいヤツでしたね。同じくロックが好きだった私とはやけに気が合い、喫茶店では音楽の話で盛り上がったことを思い出します。私たちがよく通ったのが、大学の近く神田神保町にある「ハイライト」という喫茶店。スゴイ名前の店ですが、コーヒー一杯で何時間でもネバれたため、そこは貧乏学生たちの溜まり場と化していました。店のBGMは、当時流行っていたフォークやロック。私とIは流れている曲のウンチクを語り合ったりして、音楽談義に花を咲かせたものです(懐)。

 この頃、大ヒットしていた曲が、ガロの『学生街の喫茶店』です。日本中どこへ行ってもかかっていたんじゃないでしょうか テレビからもラジオからも街角からも、この曲が聴こえない日はなかったと思います。恋愛がテーマになってはいたとはいえ、歌詞に描かれた情景はまさしくあの時代の私たちそのものでした。どちらかというと洋楽好きだった私も嫌いではありませんでしたね。ちなみにこの曲、そもそもシングルのB面に収められていたという事実をご存知でしょうか もう次の新曲が発売されているというのに、有線やラジオ番組でひとつ前のシングルB面曲だった『学生街の喫茶店』へのリクエストが殺到し、急遽AB面をひっくり返して発売し直したそうです。

 さて、話は戻ります。ある晴れた日の午後、授業が終わりキャンパスをあとにしようとする私のもとへ、楽器の入ったケースを肩から背負ったIが、いつもとは少し違った表情を見せながら近づいてきました。そしてちょっとだけ恥ずかしそうに言うのです。
「今度、友達が開くパーティで、オレたちのバンドが演奏するんだ。ぜひ来てくれよ」
 もちろん断るはずがありません。
 そしてパーティに行ったのですが、ビックリしましたねぇ。バンドのメンバーは4人。Iはベースを担当していました。コレが結構ウマくて、カッコいいんです。『Roll Over Beethoven』ではヴォーカルも披露。曲のサビを何度も繰り返しシャウトしながら、会場を熱く沸かせていました。このときのIは本当にカッコよかった。いまでもハッキリ憶えています。

 それから時は流れ、私たちは大学3年になっていました。学内ではセクトの連中たちによる紛争や内ゲバが絶えず、ついには大学ロックアウトという事態にまで発展。ただでさえ授業へ出席することの少なかった私とIは、この頃には顔を合わせる機会もほとんどなくなっていました。
 そんなある日のことです。自宅の電話機がけたたましく鳴り響きます。言い知れぬ胸騒ぎを覚えながら出てみると、受話器の向こうからは文房具屋の息子で同じ大学に通うEの生気のない声が聞こえました。
「Iが死んだ…。バイクで事故ったらしい」
 言葉少なに要件だけを伝えるE。私はしばらく事実を飲み込めずにいました。ようやく理解できたのは、葬儀で献花する際に棺の中にもう動かなくなっているIの姿を見たときです。
「あぁそうか、Iは逝ってしまったのか」
 Iと過ごした日々が映画のシーンのように思い出されます。しばらく会っていなかった友人との久しぶりの再会が、そいつ自身の葬儀だったなんて切な過ぎます。胸にポッカリと大きな穴が開くのを感じずにはいられませんでした(寂)。このとき私は初めて人の命のはかなさというものを感じました(合掌)。
 いまでもガロの『学生街の喫茶店』を聴くと、人懐っこいIの笑顔を思い出します。ヤツのことだから、天国でもベースを片手にシャウトしているにちがいありません。元気にバンドがんばってるかい、I オレもこっちでがんばってるゼ

それではまた、来月をお楽しみに。

 
2005/3/16
株式会社フレーバーハウス
てらだ ひでお
 
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