ある友へ・・・・・。 こんにちは。テラダです。このひと月の間に、新潟で大地震は起きるわ、イラクで日本人が殺害されるわ、ブッシュが再選されるわ、果てはエルトン・ジョンなんていよいよ同性結婚するわ、あ、そういえばカルーセル麻紀さんは目出度く「女性」になられたそうで・・・・・、なんて言ってる場合じゃなく、最近、なにか異変へのカウントダウンが始まったような得体の知れない不安を、皆さんも感じておられるのではないでしょうか? おふざけではなく、新潟で被災された方々には心からお見舞い申し上げます。一時も早い復興を心から祈っております。 さて、私やHonkyのスタッフの中にも新潟に家族・友人がいて、幸いにも無事らしく一安心したのですが、そんなことからふと心に浮かんだ古い友人のことを、今回はお話します。よく小・中学時代の友人は、高校・大学の友人より結びつきが強いと言いますよね。同窓会でも中学時代のものが多い。幼馴染や近所に暮らした共通の原体験があるからなのでしょうか。今回お話する彼も、そんな中の1人でした。 彼とはお互い近所だったものの学区違いで、同級生になったのは中学になってからでした。それ以前は彼がウチのそばの学習塾に通っていたので、よく顔を合わせていました。 彼(ここでは当時の渾名で「U」と呼びましょう)ことUは、校内トップクラスの秀才(当時から塾に行ってるヤツ)でしたが、昔からの顔なじみである以上に何かウマが合って、あまり素行のよろしくなかった(?)私と、よくツルんで遊んだものです。一度、なんでそんなにガリガリ勉強するんだ?と聞いてみたら、Uが迷いもなく「そりゃお前、いい大学入って、いい会社に就職して、いい嫁さんもらうためだよ!」と答えたのには天晴れ!でしたなぁ。それくらい明確で一途(悪く言えば思い込み一発タイプ)なヤツでした。 その言葉通りにUは、「都の西北」に進学し、某有名電機メーカーに就職。その会社は新入社員を全員、まず現場でセールスを経験させるというのがキマリだったそうで、Uは持ち前の一途さで成績TOPを勝ち取り、そして配属されたのがエリートコースといわれる秘書室。もしもそれが違う部署だったなら、Uの人生は違っていたのではないでしょうか。 Uが会長秘書となり最初に仰せつかった仕事は、なんと7人もいたというお妾さんの世話だったというのです。外出や買い物の世話、はては痴話喧嘩のグチ聞き役まで・・・・・。「こんなのオレがやるべき仕事じゃねぇ!」と、酒を飲めば散々に言っていたのを覚えています。数年後、会長の他界により今度は社長秘書となったUでしたが、そこではまた別な試練が・・・・・。詳しくは書けませんが、社会ニュースにもなった不正事件が発覚。その対応をめぐって会社と反発した挙句に、Uはケツを捲って辞職してしまったのです。ヤツの生真面目さからすると、さもありなん。許せないことは我慢できないタチでしたから・・・・・(笑)。 その後Uは、親父さんのツテで別な会社に就職したのですが、お互い忙しくなり、私もHonkyを立ち上げて悪戦苦闘しているうちに月日が経ち、あの日Uと再会したのは、20年ぶりの事でした。 数年前の中学校の同窓会。Honkyの仕事で欠席が多かった私が、久しぶりに出たときです。宴たけなわの最中、昔のワルガキと調子付いて話していた私の肩を叩いたのは、帰り支度をすませたUでした。 「先に帰るからな。」とだけ言って歩き出した後姿に何か気が掛かったので、私は表まで送ろうと声をかけ、大通りまで一緒に歩きました。ひとしきり共通の友人の話の後、Uはおもむろに「オレさ、実はガンなんだ。近々手術する。」と言ったのです。Uは以前にもガンで手術したことは聞いていましたので、えっ、またか!?と私は絶句してしまい、やっと出た言葉は「がんばれよ・・・・・」だけでした。 手術後、Uを見舞いに行こうと別な悪友(こいつはワルガキ仲間で、散々遊んだくせに要領だけは素晴らしく、今は某有名デパートの外商部長さん)と相談し、Uの奥さんに連絡したところ、思った以上に容態は悪く、時々奥さんの顔すら分からなくなるほど意識が混濁するという。「もうすこし落ち着いてから」と約束し、連絡を待つことにしたのですが。 その後、Uと面会することはありませんでした。後で聞いた話では、私が連絡したすぐ後から意識が戻ることはなかったそうです。病、特にガンは徐々にその人の人格と意識を奪い、最後には回りの家族にまで罪悪感を残していく酷い病気です。ガンで誰かを看取った経験のある方ならこの意味がわかるはず。でも彼は自分がガンであることを知っていたのですから、そのぶん、まだ良かったのだと私は信じます。 Uのことを思うと、なぜカタブツの秀才が私なんかとウマが合ったのだろうか?と考えてしまいます。でも私が冗談半分で生徒会に立候補した時に、誰も相手にしてくれない中、一人で熱心に応援演説をしてくれたのも、筋の通らないことをしている人間には、それが番長でも歯向かっていたのがUでした。私にも正義感のカケラくらいはあったでしょうが(笑)、それより私もUも、何か思い込むとそれ1本(爆笑)みたいなものが共通項だったのかもしれません。でも中学時代にUと友人になれて良かった。もっと後に出会っていたら、お互いの生一本が邪魔をして、決してここまで心に残る付き合いは出来なかったと思います。それを考えると、一期一会、タイミングの不思議ですね。 あの同窓会の晩、Uが私の肩をどんな気持ちで叩いたのかを思うと、今も胸が締め付けられます。でも私にとっては、Uと某デパート野郎は特別な友人であり、彼ら二人の生き方からどれだけ励まされたかしれません。メルヘンに聞こえるかもしれませんが、同級生の時代から40年近く過ぎた今でも、気持ちはあのころと変わっていないことをとても嬉しく思います。 皆さんも、友人は大切にしましょうね。(してるよって?? 失礼いたしました。) |
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2004/11/16
株式会社フレーバーハウス てらだ ひでお |
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